第四話 奴らとの再会
町に着いて最初に聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。
「金貨三百枚だ。これ以上は出せない」
俺は足を止めた。
聞き間違えるはずがない。
半年前まで、毎日のように聞いていた声だ。
「レオン?」
隣を歩いていたリナが、不思議そうに俺を見上げる。
「どうしたの?」
「……いや」
俺は市場の向こうを見る。
人だかりができていた。
その中心に、青い鎧を着た男がいる。
アルベルト。
勇者パーティ《蒼天の剣》のリーダー。
そして――俺を追放した男だ。
「役立たずを養っていけるほど、冒険者は甘くないんだ」
半年前に言われた言葉が、一瞬だけ蘇った。
別に恨んではいない。
……いや。
嘘だな。
ちょっとは恨んでいる。
かなりムカついたし、三日くらい眠れなかった。
でも、今さら殴りかかろうとは思わない。
「行こう、リナ」
「知り合い?」
「昔の仕事仲間」
「ふーん」
リナはアルベルトを見て、それから俺を見た。
「嫌いな人?」
「子供はそういうこと聞かない」
「嫌いなんだ」
「行くぞ」
俺は歩き出そうとした。
そのときだった。
「金貨三百五十!」
アルベルトが声を張り上げる。
市場の人間たちがどよめいた。
金貨三百五十枚。
この辺境なら、小さな家が何軒も建つ金額だ。
いったい何を買おうとしている?
人垣の隙間から覗き込む。
商人が抱えていたのは――一本の剣だった。
黒い鞘。
金色の装飾。
柄には赤い宝石。
いかにも高そうだ。
そして俺の目の前に、文字が浮かぶ。
――《真眼》。
【名称:炎王剣レーヴァン】
【分類:魔剣】
【製造年代:約八十年前】
【刀身:火炎鋼】
【魔力伝導率:87.2%】
【状態:破損】
【内部亀裂:十四箇所】
【推定残存使用回数:3】
【備考:第四使用時、刀身崩壊確率92.8%】
俺は立ち止まった。
「…………」
もう一度見る。
【推定残存使用回数:3】
間違いない。
ゴミだ。
いや、三回は使えるからゴミは言いすぎか。
ものすごく高価な使い捨て剣だ。
「金貨四百!」
「おおっ!」
周囲から歓声が上がる。
商人の口元が笑った。
「さすが勇者アルベルト様! お目が高い! こちらはかつて炎帝ガルバスが愛用したと伝えられる――」
「四百五十」
アルベルトが即答した。
俺は頭を抱えた。
「レオン?」
「……見なかったことにしよう」
「顔すごいよ」
「見なかったことにするんだ」
俺には関係ない。
もう仲間じゃない。
四百五十枚で三回しか使えない剣を買おうが、それはアルベルトの自由だ。
俺は村に戻って、ガルドさんの剣を直す。
それでいい。
「五百!」
アルベルトが叫んだ。
商人の顔が完全に笑顔になった。
俺は天を仰いだ。
駄目だ。
「……アルベルト」
気づけば名前を呼んでいた。
人垣が割れる。
アルベルトが振り返った。
目が合った。
「…………レオン?」
空気が止まった。
《蒼天の剣》の仲間たちもいる。
魔術師セシリア。
斥候のガイン。
神官ミレーユ。
三人とも、幽霊でも見たような顔をしていた。
「お前……」
「久しぶり」
俺は軽く手を上げた。
「なんでここにいる?」
「いろいろあってな」
アルベルトの視線がリナへ移る。
それから俺の服を見る。
以前使っていた装備はない。
ただの村人みたいな格好だ。
「そうか」
アルベルトの表情から驚きが消えた。
「まだ冒険者に戻れていないのか」
胸の奥に、小さな棘が刺さった。
たぶん悪意はない。
こいつは昔からそういう男だ。
正しいと思ったことを、そのまま口にする。
「まあな」
「悪かったとは思っている」
予想外の言葉だった。
「え?」
「追放したことだ」
アルベルトは俺から目を逸らした。
「だが、あのときは仕方なかった。《黒竜迷宮》では戦えない人間を一人守りながら進む余裕がなかった」
「……分かってる」
それは事実だった。
俺の《鑑定》は戦闘ではほとんど役に立たない。
剣も使えない。
魔法も初級止まり。
俺がいたことで攻略速度が落ちていたのも本当だ。
だから。
追放されたことそのものを、俺は間違いだったとは思っていない。
「それより」
俺は炎王剣を指差した。
「それ、買うのか?」
「ああ」
「やめとけ」
アルベルトの眉が動いた。
商人の笑顔も止まった。
「……どういう意味だ?」
「あと三回で壊れる」
市場が静まり返った。
「は?」
「内部に亀裂が十四箇所。四回目の高出力使用で、たぶん刀身が砕ける」
「な、何を根拠に!」
商人が叫んだ。
「鑑定だ」
「鑑定だと?」
周囲から笑い声が漏れた。
「普通の鑑定では最高級品と出ている!」
商人が鑑定証を突き出した。
確かに書かれている。
【炎王剣レーヴァン】
【品質:A】
【状態:良好】
【推定価格:金貨520枚】
アルベルトが俺を見る。
「レオン」
「なんだ」
「お前の鑑定結果は?」
「品質なんて表示されない」
「……何?」
「成分と構造と劣化状態が見える」
俺は剣を指差す。
「刀身の根元から二・七センチ。そこに一番大きな亀裂がある」
商人が鼻で笑った。
「なら証明してみろ!」
「いいのか?」
「当然だ!」
俺は店先にあった小槌を借りた。
剣を抜く。
赤みを帯びた、美しい刀身だった。
なるほど。
外から見れば新品同然だ。
俺は刀身の根元を指でなぞる。
「ここ」
小槌で軽く叩いた。
キン。
澄んだ音がする。
もう一度。
キン。
三度目。
――ピシッ。
市場から音が消えた。
刀身に、髪の毛ほど細い亀裂が浮かんだ。
「な……」
商人の顔が青ざめる。
アルベルトは何も言わない。
ただ剣を見ていた。
「高出力の炎を流せば、ここから割れる」
俺は小槌を置いた。
「五百枚払う価値はない」
「…………」
「じゃあ俺は行く」
「待て」
アルベルトが俺の肩を掴んだ。
強い。
昔なら、それだけで身体が縮こまっていたと思う。
でも不思議と、今は怖くなかった。
「何だ?」
「今の鑑定」
アルベルトの目が、俺を真っ直ぐ見ている。
「昔はできなかったはずだ」
「できてたよ」
「……何?」
「ずっと」
アルベルトの手が止まった。
「ただ、お前たちが必要としていた鑑定結果と違っただけだ」
品質。
希少度。
市場価格。
冒険者が欲しがるのは、そういう分かりやすい数字だ。
俺に見えていたのは違う。
素材。
構造。
劣化。
混合率。
加工方法。
改善可能性。
役に立たない情報ばかりだと思っていた。
村へ行くまでは。
「じゃあな」
俺はアルベルトに背を向けた。
「待て、レオン!」
今度は振り返らなかった。
リナが小走りでついてくる。
「いいの?」
「何が?」
「あの人、まだ何か言いたそうだったよ」
「いいんだ」
俺は町の奥にある鍛冶屋を見た。
俺が今日ここへ来た理由は、元仲間に会うためじゃない。
ガルドさんの剣を直すためだ。
あの錆びた剣。
《竜断剣アルディオン》。
必要なのは――
【修復素材】
【黒曜竜晶:充足】
【月白銀:不足】
【竜脈炉:必要】
残る問題は二つ。
月白銀。
そして、竜脈炉。
町で一番大きな鍛冶屋の扉を開ける。
「すみません」
奥から、巨大な男が顔を出した。
「なんだ?」
「剣を一本、直したいんですが」
「物を見せろ」
俺は布に包んだ剣をカウンターへ置いた。
男が布を開く。
その瞬間。
鍛冶屋の顔から血の気が引いた。
「……お前」
「はい?」
「これを、どこで手に入れた?」
「村の倉庫ですけど」
男は震える手で剣に触れた。
「馬鹿な……」
そして。
俺ではなく、剣に向かって呟いた。
「三百年前に王都から盗まれた――初代勇者の剣だぞ」
俺は黙った。
頭の中に、一つだけ感想が浮かんだ。
ガルドさん。
あなた、これで薪割ってましたよね?




