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第二話 この村、何かがおかしい


「壁も床も、全部?」


「うん!」


 少女は元気よく頷いた。


 俺は革袋に入れた黒曜竜晶を見る。


【市場推定価格:測定不能】


 見間違いではない。


 何度鑑定しても同じ結果だ。


「……その洞窟って、危なくないのか?」


「大丈夫だよ。みんな行ってるもん」


「みんな?」


「うん。おじいちゃんも行くよ」


 国宝級の魔力結晶が壁一面に存在する洞窟へ、村人が日常的に出入りしている。


 意味が分からない。


「何しに行くんだ?」


「石を取りに」


「……何に使う?」


「漬物!」


「漬物!?」


 思わず大声が出た。


 少女がびくりと肩を震わせる。


「あ……悪い」


「う、うん」


「その黒い石を漬物に?」


「違うよ。重しにするの」


「もっと駄目だろ!」


 国宝で漬物を作るな。


 いや、国宝なのか?


 だんだん自信がなくなってきた。


 もしかすると、この辺りでは黒曜竜晶なんて珍しくないのかもしれない。


 王都の常識が通用しないだけなのでは?


「お兄ちゃん、変なの」


 少女は笑った。


「ところで、君は?」


「リナ!」


「俺はレオンだ」


「知ってるよ。昨日来た人でしょ?」


 小さな村だ。


 新参者の情報など一日で広まるのだろう。


「洞窟、案内してあげようか?」


「いや」


 俺は即答した。


「今日はやめておく」


「なんで?」


「怖いから」


「大人なのに?」


「大人だからだ」


 測定不能の物体が壁一面。


 そんな場所へ何の準備もなく入れるほど、俺は勇敢ではない。


 俺は冒険者だったが、戦えない。


 五年間、一度も前衛に立ったことがない。


 命は大切にする主義だ。


「それより村に戻ろう」


「はーい」


 ◇


 村へ戻る途中、リナが急に走り出した。


「おじいちゃん!」


 畑の脇に老人が座り込んでいた。


「どうしたの!?」


「いや……また腰をやっちまった」


 白髪の老人が苦笑する。


「最近どうにも駄目でな」


 俺も駆け寄った。


「立てますか?」


「ああ。すまんな、兄ちゃん」


 腕を貸す。


 その瞬間。


 視界の端に文字が浮かんだ。


――――――――――


【対象】ガルド・ベルナー


【状態】腰部筋肉損傷・軽度


【推定回復期間】十一~十四日


【推奨処置】

 安静。

 炎症部位の冷却。

 月白草を煎じて服用することで回復期間を約六割短縮可能。


――――――――――


「…………」


 俺は老人から手を離した。


「兄ちゃん?」


「ちょっと待っててください」


 来た道を戻る。


「レオン?」


「すぐ戻る!」


 さっきの場所には、まだ白い草が大量に生えていた。


【月白草:特級】


 一本、摘む。


 金貨二百四十枚。


 手が震えた。


 だが、考えてみれば俺の物ではない。


 道端の草だ。


 俺はそれを持って老人のところへ戻った。


「これ、煎じて飲んでみてください」


「これを?」


「はい」


「ただの雑草じゃぞ?」


「……たぶん薬草です」


「たぶん?」


 我ながら説得力がない。


 老人は草を眺めたあと、笑った。


「まあ、せっかく取ってきてくれたんだ。試してみるか」


 ◇


 数時間後。


「兄ちゃん!」


 借りた家を掃除していると、勢いよく扉が開いた。


「うわっ!?」


 老人――ガルドさんだった。


「どうしたんですか?」


「腰が!」


 まずい。


 悪化したか?


「腰がどうしたんです!?」


「痛くない!」


「……え?」


 ガルドさんがその場で屈伸する。


「ほれ!」


「…………」


「ほれ!」


「いや、一回で分かります」


「朝から立つのも辛かったんじゃ。それがどうじゃ、これ!」


 腰をぐるぐる回している。


 鑑定。


――――――――――


【状態】腰部筋肉損傷・回復中


【回復率】87%


――――――――――


 俺は頭を抱えた。


 効きすぎだ。


 説明では回復期間を六割短縮するはずだった。


 おそらく「特級」だったせいだろう。


「兄ちゃん、あの草は何なんだ?」


「俺にもよく分かりません」


「またまた!」


 本当なのだ。


「まだ生えとるのか?」


「たくさん」


「なら婆さんにも――」


「待ってください」


 俺は慌てて止めた。


「必要な人以外には飲ませないでください。薬ですから」


「そうなのか?」


「たぶん」


「また、たぶんか!」


 ガルドさんが豪快に笑った。


 俺は笑えなかった。


 一本金貨二百四十枚。


 それが村の外に大量に生えている。


 もし王都へ持っていけば――。


「…………」


 一瞬、考えて。


 やめた。


 金貨二百四十枚なんて大金を突然持ち込めば、絶対に面倒なことになる。


 そもそも、この村のものを勝手に売っていいのかも分からない。


「兄ちゃん」


「はい?」


「ありがとうな」


 ガルドさんが頭を下げた。


「明日から収穫だったんじゃ。寝込んじまったらどうしようかと思っとった」


「……いえ」


 少しだけ、胸が軽くなった。


 五年間。


 俺の鑑定を使って、誰かに感謝されたことなんてあっただろうか。


「役に立ったなら、よかったです」


 口にすると、不思議な気分だった。


 ◇


 夕方。


 俺は一人で村の周囲を歩いていた。


 目的は、この土地の調査だ。


 黒曜竜晶。


 月白草。


 炎帝茸。


 聖女の涙。


 精霊結晶。


 偶然にしては多すぎる。


「何か理由があるはずだ」


 地面を見る。


【土壌:高魔力含有】


 木を見る。


【樹齢:八十七年】

【魔力吸収率:通常種の3.7倍】


 川の水。


【魔力濃度:412】


「……魔力濃度?」


 初めて見る項目だった。


 試しに村の井戸水を思い出す。


 昼間に鑑定した時は、


【魔力濃度:8】


 だった。


 四百十二。


 比較対象がないので分からないが、異常な数値なのだろう。


 俺は川を上流へ進んだ。


 数値が上がっていく。


【魔力濃度:530】


【魔力濃度:782】


【魔力濃度:1,204】


「おいおい……」


 さらに進む。


 やがて森が途切れた。


 目の前に山がある。


 昼間、リナが指差した山だ。


 麓には小さな洞窟。


「あれか……」


 黒曜竜晶の洞窟。


 近づくつもりはなかった。


 だが。


 洞窟ではなく、その奥。


 山そのものを見た瞬間。


 勝手に《真眼》が発動した。


――――――――――


【解析対象:???】


【警告】


 高密度魔力反応を検出。


 対象範囲を拡大します。


――――――――――


「……何だ?」


 今まで一度も出たことのない表示だった。


 文字が消える。


 数秒後。


 新しい表示が現れた。


――――――――――


【名称】古代竜骸


【推定死亡時期】約3,200年前


【全長】測定不能


【状態】地層と一体化


【備考】


 黒曜竜晶の生成源。


 周辺地域の高魔力環境を形成。


――――――――――


「…………」


 俺はゆっくり山を見上げた。


 山頂は雲に隠れている。


 その巨大な山の輪郭と。


 表示された文字を。


 何度も見比べる。


「まさか」


 背筋が寒くなった。


 この山。


 山じゃない。


 俺が住むことになった村は――


 三千年前に死んだ巨大な竜の上に、建っていた。

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