第一話 役立たずは追放される
「レオン。今日限りで、お前を『蒼天の剣』から追放する」
王都冒険者ギルドの一角。
昼間から酒を飲んでいた冒険者たちが、一斉にこちらを見た。
「……理由を聞いても?」
「分かってるだろ」
俺の正面に座る金髪の男――勇者候補として名高い剣士アルベルトは、机の上に一枚の紙を放った。
今月の収支報告書だった。
「お前は戦えない。荷物も大して持てない。そのくせ報酬は五等分。はっきり言って、お荷物なんだよ」
「でも、装備の鑑定は俺が――」
「鑑定ならギルドでできる」
隣に座っていた魔術師のミレイユが、冷たく言った。
「それにあなたの《鑑定》、変なことばかり言うじゃない」
「変なこと?」
「覚えてないの? この前のミスリルソードよ」
覚えている。
アルベルトが武器屋で金貨八十枚を払って購入した剣だ。
俺が鑑定したところ、
『ミスリル含有率12.8%。鉄67.2%。微量の硫黄を検出。鍛造時の加熱不足により内部に亀裂あり。推定耐久回数――強打二百七十三回』
と表示された。
だから俺は購入に反対した。
「でもギルドの鑑定士は『上質なミスリルソード』って言ってたわ」
「それは……」
「どっちを信用するかなんて明らかだろ?」
アルベルトが鼻で笑う。
「レベル三の鑑定士と、王都ギルド公認の鑑定士。比較するまでもない」
俺は黙った。
確かに俺の《鑑定》は変だった。
普通の鑑定士が見えるのは、せいぜい名称、品質、特殊効果くらいだという。
だが俺には、それ以外の情報まで見える。
材質。
組成。
劣化状態。
内部構造。
加工方法。
時には、なぜか「改善方法」まで。
子供の頃からそうだったので、それが普通だと思っていた。
「分かった」
俺は立ち上がった。
「今まで世話になった」
「待ちなさい」
ミレイユが俺を呼び止める。
「パーティーの備品は置いていって」
「ああ」
腰に下げていたポーションを三本。
支給された短剣。
耐毒の指輪。
それらを机に置く。
残ったのは、着古した服と革袋。
そして金貨十二枚。
五年間冒険者をやった結果がこれか。
「じゃあな」
「レオン」
出口へ向かう俺の背中に、アルベルトの声が飛んできた。
「悪く思うなよ。俺たちは来月からAランクを目指すんだ」
「ああ」
「お前も自分に合った仕事を探せ。鑑定士じゃなくても、農夫とかあるだろ」
周囲から小さな笑い声が聞こえた。
俺は振り返らなかった。
◇
三日後。
俺は王都から百二十キロ離れた辺境の村にいた。
「……何もないな」
本当に何もない。
宿屋が一軒。
酒場が一軒。
雑貨屋が一軒。
以上。
村の周囲には森と山しかない。
なぜこんな場所まで来たのか。
理由は単純だった。
王都にいると『蒼天の剣』の噂を聞くからだ。
五年間一緒に冒険した仲間だ。
追放されたからといって、嫌いになれるほど器用ではない。
だったら、いっそ遠くへ行こうと思った。
「畑でも耕すかな……」
幸い、村長から空き家を借りることができた。
家賃は月銀貨三枚。
王都の十分の一以下だ。
貯金だけでも一年くらい暮らせる。
その間に仕事を探せばいい。
そんなことを考えながら村外れを歩いていると、靴の先に何かが当たった。
石だった。
「いてっ」
黒くて汚い、拳ほどの石。
蹴飛ばそうとして――。
なんとなく、鑑定した。
《真眼》
視界に文字が浮かぶ。
いつものことだ。
だが。
「……は?」
俺は固まった。
もう一度見る。
――――――――――
【名称】黒曜竜晶
【分類】神話級魔力結晶
【純度】99.82%
【推定魔力量】8,721,440
【状態】極めて良好
【市場推定価格】測定不能
【備考】
古代竜の心臓付近で数百年以上かけて生成される魔力結晶。
現存確認数:三個。
王国法における国宝指定相当。
――――――――――
「…………」
俺は石を拾った。
どう見ても石ころである。
表面は泥だらけ。
試しに袖でこすってみる。
黒い表面の奥から、わずかに紫色の光が漏れた。
「いやいやいや」
ないない。
国宝が道端に落ちているわけがない。
きっと俺の鑑定がおかしいのだ。
そうだ。
だから追放されたのだ。
「疲れてるんだな」
石を捨てる。
三歩進む。
止まる。
「……一応、持って帰るか」
戻って拾った。
革袋に入れる。
その時だった。
道の脇に、白い草が生えていることに気づいた。
王都周辺でもよく見る雑草だ。
何となく鑑定する。
――――――――――
【名称】月白草
【分類】霊薬素材
【品質】特級
【効能】魔力回路修復・欠損部位再生補助
【市場推定価格】一本あたり金貨240~310枚
――――――――――
「…………」
俺はしゃがみ込んだ。
隣の草を見る。
――――――――――
【月白草:特級】
――――――――――
その隣。
【月白草:上級】
さらに隣。
【月白草:特級】
「ちょっと待て」
辺りを見回す。
白い草。
白い草。
白い草。
数百本は生えている。
俺は額を押さえた。
金貨二百四十枚。
一本で。
ちなみに俺が『蒼天の剣』でもらっていた月給は金貨四枚だった。
「……見なかったことにしよう」
怖い。
これは俺みたいな一般人が触っていい金額ではない。
そのまま立ち去ろうとして、今度は木の根元に赤いキノコを見つけた。
嫌な予感がした。
見る。
【炎帝茸】
金貨八十枚。
「見るな」
青い花がある。
【聖女の涙】
金貨百二十枚。
「見るなって」
川辺に転がっている透明な石。
【精霊結晶】
金貨四百枚。
「…………」
俺は空を見上げた。
青空だった。
鳥が飛んでいる。
のどかな辺境の村。
どこにでもありそうな山。
どこにでもありそうな森。
そして。
そこら中に国宝級の素材が落ちている。
「もしかして……」
一つの可能性に気づいた。
「ここがおかしいのか?」
いや。
もう一つある。
ずっと考えないようにしていた可能性。
俺は腰の革袋から、王都で買った鉄のナイフを取り出した。
雑貨屋で銀貨五枚だった安物だ。
鑑定する。
――――――――――
【名称】鉄製ナイフ
【品質】低級
【鉄純度】91.3%
【状態】刃先摩耗率13%
【推定残存寿命】通常使用で約二年三ヶ月
【改善案】
一、刃角を現在の二十八度から二十二度へ変更。
二、再焼入れ推奨温度――
――――――――――
俺は途中で表示を消した。
「……やっぱり」
普通の鑑定じゃない。
今さらながら、そう思った。
だとしたら。
五年間。
俺が「変な情報」だと思って無視してきたものは。
全部、本当に――。
「お兄ちゃん!」
「うわっ!?」
突然声をかけられ、飛び上がる。
振り返ると、村の少女が立っていた。
十歳くらいだろうか。
少女は俺の革袋を指差した。
「その黒い石、どうしたの?」
「そこで拾った」
「それならいっぱいあるよ?」
「……いっぱい?」
「うん」
少女は山を指差した。
「あっちの洞窟。黒い石だらけ」
俺は山を見る。
「どのくらい?」
「どのくらいって?」
「その……黒い石」
「いっぱい!」
少女は両手を広げた。
「壁も床もぜーんぶ!」
「…………」
風が吹いた。
革袋の中で。
国宝が、ころん、と転がった。
どうやら俺は。
とんでもない場所に引っ越してしまったらしい。




