第71話 浴場 前編
「服を脱ぐんですよね、それは分かります」
「うわっ、ちょっと待て!」
手洗いうがいをして、部屋に鞄を置き制服をハンガーに引っ掛けて着替え手にして、再び風呂場に隣接している洗面所兼脱衣所にやってきた。
そこで冒頭の言葉をいきなり吐いたシンクに、俺は制止の言葉を掛け、着替えと一緒に持ってきた白色無地のバスタオルを渡す。
受け取ったシンクはというとキョトンしていた。
「これは?」
「バスタオルだよ。ていうか一つ聞きたいんだけど、お前のその……少し目のやり場に困る未来的な服ってどうやって脱ぐんだ?」
「ああ、これは存在力を使って物質化しているだけなので、念じればすぐに消えます」
「防御力が低すぎる……」
「そもそも核神に衣服など必要ないのですが、人間を象っているからか無意識に纏っていました。天意によるものなのかもしれないですね」
だとしたら天意にグッジョブ! と言いたいところだな。
「それで、このバスタオルはどう使うのですか?」
「本当はお風呂上がりに身体を拭くものなんだけど……とりあえず身体に巻け。服を脱ぐ前にだ」
絶対にだぞ、と念を押す俺に、シンクはまだ首を傾げている。
「どうした?」
「いえ、私の記憶では蒼くんはいつもこれを身に付けていないような……?」
だから見てんなよ!
本当は声を大にして言いたいところだが、今度こそは緋奈に本気で心配されてしまいかねないので、ぐっと堪えた。
「それは偶然だ……。身に付ける場合もあるんだよ」
「そう、なのですか。分かりました」
今度は素直に従って、シンクはバスタオルを華奢な身体に巻き付けた。
「はい、脱げました」
「うわホントだ……早いな」
肩の部分の布(?)が無くなっていたので、本当にシンクは今布一枚……なのだろうが。
「お前、あの服じゃないと本当に普通の女の子みたいだな……」
そしてあろうことに美少女である。
男として、いろいろ辛いところだなぁ……。
「そうですか? さあ、早く入りましょう」
シンクは風呂が余程楽しみなのか、やたらと急いているようだ。それに反して俺は気が重い。
しかし、これを乗り切らなければ緋奈の作った夕飯にはありつけないのだ。
もう、腹を括ってさっさと終わらせてしまおう。
というか、こうなりゃヤケだった。
* * * * *
「よし、まずは身体を洗ってくれ」
俺の前で白い風呂椅子座っているシンクに、冷静に指示を出す。
うち風呂場は割りと広い作りになっているので幾らかその広さの分心にもゆとりが出来た。
「蒼くんの身体をですか?」
そのゆとりは無くなった。
「そんなプレイは求めていない……。ほらそこに白いボトルがあるだろ。それをポンプするとボディーソープが出るからそれで…………ああ、その前に身体を濡らさなきゃだな」
「あ、シャワーですよね。私出来ます」
シンクの前の壁に掛かっているシャワーヘッドに手を伸ばそうとした俺の身体を身体で押し退けて、シンクはシャワーヘッドを手に取った。
うわあ……女の子の身体ってめっちゃ柔らかい……いや、こいつを女の子と言って良いのかは分からないが。
そんな俺の内心を知らないシンクは、一人でシャワーの水を出そうと蛇口を捻ろうとしていた。
「あー、ちょっと待ったそれは――」
止めようと思ったが手遅れだった。
「ひぅっ…………冷たい、です」
シンクはシャワーの出口を自分に向けていたせいで冷水をもろに顔面から浴びてしまった。
白い髪は水を滴らせ、きめ細かなその素肌には水の玉を浮かせて、悲しそうな顔で俺を見てくる。
いや俺は止めようとしたんだ。手遅れだったけど。
まだ捻ったのが水の蛇口だっただけ良かったと思ってほしい。
「そう焦るなよ。うちは水とお湯の蛇口が別だから自分で調整しなきゃいけないんだよ。ちゃんと教えるから」
そう言って、明後日の方向に水を吐き出し続けているシャワーをシンクの手から取り上げた。
お湯の蛇口と水の蛇口を適当にいじって程よい温度にする。
「ほれ、こんなもんかな」
手で適温になったことを確認して、シャワーをシンクの手に戻す。
シンクは若干おそるおそる、シャワーを自分の胸元辺りに向ける。
「おお、温かいですね」
シンクの細い身体に巻かれたバスタオルにお湯が浸透していくのを俺はなんとなしに眺めていたのだが、次第にバスタオルがシンクの肌にピッタリと張り付いていくのに気付いて慌てて目を逸らした。
これは……精神衛生的に非常に良くない!
「それで、身体を洗うんですか?」
シンクの方を見ないようにしている俺に、フラットな様子で聞いてくる。
外見が美少女な癖に羞恥心がないと、こっちが気を遣うな……。
「あ、ああ、まあそうだな。そこのボディーソープで……ってちょっと待て!」
今度は慌てる前に反射的に俺は目を手で覆った。
今ちらっと見えた光景が、残像として残っている。
「なんでバスタオル取ってんだよ!」
良かった、後ろに居て。
小さくて白い綺麗な背中が見えただけで良かった。
「え、ですが身体を洗うのにこのタオルは邪魔では?」
「………………」
やべえ、正論過ぎてなにも言えない!
いやしかしそういう問題じゃない。道徳的といううか倫理的に問題があると、俺はそう言いたい。いや言うべきだ。
「あのな、俺は健全な男子高校生なんだよ。だからつまり、年頃女の子の外見をしてるお前がそうやって肌を露出させてるっていうのは――」
「もしかして蒼くん、私に欲情していますか?」
核神に核心を突かれた。
「いや、その、まあ、うん……」
「なるほど。だからさっきから様子がおかしかったのですか。しかしでしたら、都合がいいとも言えます」
「どういうことだ?」
「私も人間のする生殖行動に興味があります。もしよろしければ――」
「よろしくないっ! 全然よろしくない!」
しれっととんでもないことを言うな、こいつは。神様だから仕方ないのかもしれないけど。
「そう……ですか」
うわぁ、すっごいしゅんとしてる。いや分かるよ、シンク的には利害が一致してるから良かれと思って言ってくれたんだもんな。
だがそういう問題じゃない。
「でも何故ですか? 性欲は人間の三大欲求の一つですし、我慢する理由が分かりません。したいことを出来るのにしない、なんて……矛盾しています」
「いいんだよ、矛盾してて。矛盾しているからこそ人間は人間なんだから」
顔だけをこちらに向けているシンクは、俺の言葉を聞いて柔らかく笑った。
「本当に、蒼くんは蒼くんですね」
だから俺は、早くその身体をバスタオルで隠して欲しい。




