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矛盾だらけのアイソドシンク ―The World of Paradox―  作者: 天崎澄
第三章 伝説解明編
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第69話 揺り揺られ

すみません。

大分更新が空いてしまいましたが生きてます。

これからもよろしくお願いいたします。

2017.8.26 蒼葉綴

 それからそれから。

 俺と楸が自販機で四人分の飲み物を買って柊榎ちゃんの病室に戻ると、待っていたのは落ち着きを取り戻したらしい叶と、何故だかにやにやした笑みを浮かべている柊榎ちゃんだった。

 『何故だか』と言いつつ、俺には柊榎ちゃんの思っていることがまる分かりなのだけれど。

 きっと柊榎ちゃんは結構腹黒いんだろうなと、俺は思った。

 病院の面会時間というのは、病院によって違うのかもしれないが、少なくともこの病院ではある程度決まっているらしい。とはいえ、そこまで厳密にそのシステムが機能しているかというとそんなことはなく、30分を目安にしている中で俺達三人は1時間も居座っていたが特にお咎めはなかった。

 まあ、そんなものなのかもしれない。

 沢山の病室があって、そのそれぞれにお見舞いに訪れる人がいるのだ。

 それを実際的に管理するのは難しいことだろう。


 そんなこんなで、名残惜しさはありつつも無事にお見舞いを終え、俺達は病院を後にした。

 病院を出たところで、こっちの方に家があるらしい楸と別れ、それと入れ違いのように、想響(エコー)で『隣の市に行く』と伝えてあったシンクが合流した。

 勿論叶の目には核神であるシンクが見えないので、声に出しての会話が出来ないのがもどかしいのだが。



「なんか蒼ちゃん、浮かない顔してるね?」



 駅に向かう道中、すっかり平常運航に戻った叶が俺の顔を覗き込みながらそんなことを言ってくる。

 まったく、幼馴染みには内心まで筒抜けである。

 黙って付いてきているシンクもまあ、また然りなのだろうけど。俺とリンクしてるわけだし。

 つまり、俺には今精神的なプライバシーがないということだ。

 はあ、まあ、そういうことなら別に隠す必要もないか。

 隠したところで見え見えなんだし。



「実は――」



「さっき柊榎ちゃんの言ってたことが気になってるんでしょ?」



「せめて俺に言わせろ!」



「だって蒼ちゃん、思ってることが顔に出過ぎなんだもん」



 後ろから付いてくる核神も、叶の言葉に無表情でうんうんと頷いている。


 え、そんなに分かりやすい?



「でも図星でしょ?」



 自分のアンポーカーフェイスぶりに呆れずにはいられなかった俺に、叶が更に言葉を重ねてくる。

 まあ、『図星でしょ?』っていうのが図星だった。



「まあな。記憶の欠落で入院してくる患者が多いって言ってたよな?」



「うん」



「それってどういう状況なんだろうなって思って」



 どうやら叶も同じことを考えていたようで、頷いて俺の言わんとすることを察したようだ。



「記憶喪失とはまた違うっていう話だったもんね。しかもそういう人がここ最近で急増してるって」



「一部の記憶が抜け落ちるって、単純に考えるとど忘れみたいなものなのかもしれないけど、同じ症状の人が複数いるとなると……」



「感染症とか?」



「その可能性もあるよな。新種の流行り病とか。詳しくは分からないけど、もし自分がそうなったら怖いなって思ってさ」



 叶は少し意外そうな顔で俺の方を見る。



「意外だね、蒼ちゃんがそんな後ろ向きなこと言うなんて」



 『少し意外そうな顔』ではなく、まんま意外な顔だったらしい。



「そうか? いやだって、忘れたくない記憶なんて誰にだってあるだろ?」



 俺の言葉に、叶はどこかに思いを馳せ、そのどこかの代わりの目線を空に向けた。

 やがて回帰した叶は、どこかアンニュイな様子で言う。



「私は、忘れたい記憶の方が多いかな」



「なんだよ、お前だって後ろ向きなこと言ってるじゃん」



「私はいつもだからいいの」



 そう言って開き直る叶はメンタルが強いのか弱いのか、いまいち判然としない。

 忘れたい記憶の方が多い、か。

 はっきり言って、俺にその感覚は分からない。何故なら俺の脳には一つだって、そんな記憶は存在しないからだ。

 そんな俺は幸せバカで平和ボケなのだろうか。

 こんな自虐こそ、俺らしくないな。



「病気はやっぱ怖いけど――」



 不意に叶が言う。

 その目は、今度は空ではなく、どこか遠くを見つめていた。



「もし自分の記憶を意のままに操ることが出来たら、いいよね」



 切なそうに笑う幼馴染みを、俺はただ黙って見ることしかできない。どうリアクションを取ればいいのかが分からなかった。



「忘れたいことを、いちにのポカンで忘れられたら、きっと私でも前向きになれるんだろうなー」



「本当に、そうか?」



 思ったことが、つい口をつく。

 叶は、『どういうこと?』とでも言いたそうに首を傾げてこっちを見ている。



「お前の中にある“その”記憶は、本当に忘れていいものか?」



 叶の過去に起きた“その”出来事の断片を知る俺には、それが消していい過去とは到底思えなかった。叶があの事をどう捉えてるのかは分からないし、その気持ちも想像することは出来ても理解することは、きっと不可能近いだろう。

 全ての可能性は否定できないとしても、否定したくなるほど極小の可能性である。



「忘れていいわけないよ」



 叶は答えた。

 その目にも声にも、感情はなかった。



「だから、私はずっと、俯きながら歩いてくしかないんだよ。何かを叶えることなんて、しちゃダメなんだよ」



 そうじゃないと思う。

 だが、軽々しく俺はそれを口には出せない。

 理解出来ないくせに、否定なんて出来ない。



{蒼くんの友人にしてはネガティブな思考を持っているんですね}



「へ?」



 それが脳に直接響いた声だということに気付いたのは、しっかりと声に出してリアクションした後だった。



「どうしたの? 蒼ちゃん」



「あー……いや、なんでもない」



 不思議そうな顔で俺を見る叶に手を振りながら、俺は意識を集中する。



{いきなり話し掛けてくるなよ……}



{話し掛けてません。想響を飛ばしているだけです}



{そうだけど! っていうか飛ばしてるっていう表現なのか、これ……}



{電波を飛ばす人間に合わせた表現です}



{合わせてくれてそりゃどーも。人間自体が電波飛ばしているわけじゃないけどな}



「ねぇ、蒼ちゃん」



{ん?}



{今のは私ではありません}



「ん、ああ、叶か」



「叶か、って……私しか居ないよ? 大丈夫?」



「あ、ああ……ちょっとボーッとしてただけだよ」



 会話しながら想響を飛ばすのって難しいな……。

 頭の中でごっちゃになる。



「どうした?」



「ううん……やっぱりなんでもない」



 なんでもなくなさそうだった。



{なんでもなくなさそうですね}



 シンクが俺の思考に同調してくる。



{そうなんだよなぁ、言いたいことあるなら言えばいいのに}



{そう思うならそう言えばいいのでは?}



{いや、そう思ってもそう言わない方がいいこともあるんだよ}



{言ってることが……いえ、飛ばしてることが矛盾していませんか?}



{ほっとけ、人間なんて多かれ少なかれそんなものだ}



{蒼くんらしいです}



 まったく褒められてる気はしないが。


 そうこうしている間に駅が近付いていた。

 厳密に言えば近付いているのは俺達なのだが。

 最近新しく綺麗になったばかりの駅構内に入り、チャージ済みのICカードを改札機に翳してホームに移動する。

 近隣の高等学校の制服を着た学生の姿が多く見えた。

 時間帯的に部活動を終えた生徒達なのだろう。そういう青春も悪くないなぁと思う。

 しかし俺は部活に所属していない。

 強制ではなく任意で所属するか否かを選べる馳道坂高校に入学する前から、俺は帰宅部になる道を選んでいた。

 別に部活動とかかったるい、というわけではなくて、単に高校に入ってからの三年間の使い道を、入学早々決めたくなかったのである。

 俺は予定調和があまり好きではなかった。

 未来は決まっていないからこそ、人生は楽しいのではないか。

 生まれて十数年のひよっこではあるが、俺はなんとなくそんな風に悟っていた。

 未来のことを今決めたくないし、今過去に縛られたくもない。

 そんな生き方がいつまで持つかは分からないが、俺は“今”にこそ生きているのだから、それでいい。


 やがて、乗る予定の電車がやってくるのが遠くに見えた。

 ふと叶の方を見ると、叶も俺の方を見ていた。



「このまま二人で、どこ遠くに行っちゃおうか」



 笑えなかった。

 茶化せなかった。

 誤魔化せなかった。

 叶の顔が真剣過ぎて。

 まるで時が止まったかのように感じ、しかし急に叶が破顔したことで急速に鼓動が速まった。



「うーそ、蒼ちゃんのばか」



 そう言って停車した電車に乗り込む。

 意識せずに、俺も釣られて乗り込む。

 そのまま反対側の開いてないドアの脇に寄り掛かって窓の外を眺める叶を、俺は吊革に体重を預けながら見つめていた。

 ほら。

 心が揺れた。



 これだから人生は面白いんだ。



 その場合私も付いていくことになるんですが、という頭の中に響いた呟きは、とりあえず無視することにした。




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