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矛盾だらけのアイソドシンク ―The World of Paradox―  作者: 天崎澄
第三章 伝説解明編
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第68話 ケーキとケバブ

「はー……なんか、ドキドキした」



 どうやら叶はファンとして、柊榎ちゃんに話したいことが山程あるようだったので、その長そうな話が切り出されたところで俺と楸は病室を後にした。

 飲み物を買ってくるというありきたりな名目で。

 病院内の入り組んだ通路を歩きながらも、どこか脱力した様子の楸は未だに顔を上気させていた。



「お前、結構柔らかいのな」



 楸の状態異常(RPG的表現)を引き起こした張本人である俺だが、あのハグは本能的なものだったし、もう過ぎ去った過去なので気にしないことにした。

 そんなあっけらかんとしている俺のデリカシーの欠片もない言葉に、楸は可愛くジト目を向けてきた。



「お兄さん……私男の人にハグされたの初めてだったんだよ?」



「俺も中学生の女子をハグしたのは初めてだったから、おあいこだな」



「被害者と加害者間でその理論はどうだろう……」



「え、お前と俺って被害者加害者の関係だっけ?」



「ついさっきからね」



「いやいやいやいや。元はといえばお前がしてくれっていうから」



「仕方なかったんだよ……お姉ちゃんの“ぎゅー”をおあずけだなんて、そんなの死ぬより辛い……。その弱味につけこんで私の身体を弄んだのがお兄さん」



「どんなレベルでお姉ちゃん依存してるんだ。ていうか弄んでないから。ハグしただけだろ、こうやっって」



 項垂れ気味の楸に、不意に後ろから抱きつく。

 知らない人にこれをやったら間違いなく痴漢だろうけど、楸と俺の仲ならギリギリセーフ、ということにしておこう。



「うひゃあ!? お兄さんっ、過度なスキンシップは禁止! あと病院では静かにね!」



 俺のホールドから逃れた楸は、抗議の目でそんなことを言ってくる。最後のは正論だが、今騒いでいるのは間違いなくそう言っている本人だろう。



「私、お姉ちゃん以外の人とはあんまり接したことないんだからさ、お兄さんも私のことはコミュ障だと思って接して欲しいよ」



 コミュ障。

 コミュニケーション障害か。

 いやいや、絶対違う。

 近年単なる人見知りをコミュ障と表現する輩が多いこのご時世を密かに憂いている俺には分かる。

 コミュニケーション障害っていうのはもっと重たいものなんだよ。

 それで悩んでる人だって大勢居るはずだ。

 それなのに軽い気持ちで正しい意味も知らずに言葉を使いやがって……。

 ふむ、これはお仕置きが必要だな。

 しかしそういう人達全てに天誅を下せるような神様ではないし、そんな立場ではない。

 というわけで、代表として目の前にいる少女にターゲット絞ることにした。

 以上、大義名分の作成完了。



「ふむ。俺は人助けには労力を厭わない人間なんだよな」



「はい?」



 立ち止まって俺の方を見る楸の顔はキョトンとしている。俺が何を言わんとしているかが分からないのだろう。

 まあ、すぐに分かるさ。


 俺は、楸の手を不意に握った。


「うああ!?」



 狼狽する楸は、俺の手をぶんぶんと振り回し振りほどこうとする。

 しかし楸は女子中学生、俺は男子高校生である。

 その力量差は著しい。

 楸の虚しい抵抗が収まるのを、俺は突っ立って待っていた。



「お兄さん……どういうつもり?」



 ようやく手を落ち着かせた楸が、今度は言葉で抗議するつもりらしい。



「どういうつもりもなにも、お前のコミュ障克服を手伝ってやろうかなって」



「い、いいよ! 別に克服したいと思ってないし!」



「いや、俺は放っておけないよ。楸はこれから大人になって広い社会に出ていくっていうにのに、コミュ障のままじゃあ間違いなく苦労するだろう。そんな未来が分かってるっていうのに見て見ぬ振りをするなんて、俺には出来ない」



「いいから! 社会に出ようとも思ってないし……」



「ならお前はどうやって生きていくつもりなんだ。まさか姉ちゃんの脛をかじって生活するつもりか?」



「そ、それは……」



 楸は言葉に詰まった。

 それはそうだ、今俺は正論を言っているのだから。

 まあ、決して楸の為を思ってのことではないのが俺のクズいところだが、実際楸の為にはなるので罪悪感はプラマイゼロといったところだ。



「け、結婚とか?」



 コミュ障の楸は社会に出ない為に家庭に入るらしい。



「それこそどうやって? お前、今現在親しい男子とか居るの?」



 楸の様子を見ていると到底居るとは思えないが、見えるものだけが真実ではないので一応聞いてみる。



「い、居るよ! 親しい男の子くらい……」



 言葉尻が弱々しい。

 これはどうやら眉唾だなー、と思いながら俺は更に楸に詰め寄る。

 というか、気付けば俺は楸に壁ドンをしていた。

 誰かに見られたら、病院の通路で何をしているんだと思われるのだろうが、もう後には引けない。



「へえ。本当に居るなら紹介してくれよ」



 逸らせないのか逸らさないのか。

 俺より背の低い楸は自然と上目遣いで俺の目を見つめる。


 あれ、なんかドキドキする……。

いやあり得ない、俺が中学生相手に心拍数あげるなんて!



「お兄さん……」



「ん?」



 俺は呼ばれたのだと思ったが、どうやらそうではないらしい。楸の瞳の中の光の揺らぎが、それを物語って、その結果俺の鼓動を否応なく加速させる。



「お兄さん、だけだよ……私が親しい男の人って」



 心臓が跳ね上がる。

 え、それってつまり……。

 俺の脳内で、先週柊榎ちゃんが言った言葉が再生される。


『楸ちゃんの旦那様になってくれませんか?』



「お前……俺とけ――」



 待て待て待て!

 早まるな。

 人生の流れを衝動で決めるな。

 俺もこいつも、まだそれが出来る年齢じゃない!

 若さゆえの過ちだからといって、未来の自分が許してくれると思うな。



「け?」



 首を傾げて続く言葉を待つ楸は確かに可愛い。しかし、“可愛い”だけで全てを捧げてしまうわけには……いかない。



「け、ケーキ食べに行こうぜ……今度、奢るからさ」



 我ながら文法は滅茶苦茶だが、良い逃げ道なんじゃないだろうか。女の子を甘いものを食べに誘うのは、なんら不自然なことではないはずだ。



「ケーキ?」



 依然として、楸は首を傾げたままである。



「そう、ケーキだよ。甘いもの嫌いか? 美味しいケーキのあるカフェを知ってるんだけど……」



 最近嘘が上手くなった。

 学生で彼女もなく別にお洒落でもない俺がカフェなど行くはずがない。後で検索する気まんまんである。



「嫌いではないけど、ケーキだったらケバブがいいなぁ」



「『ケ』から始まる3文字の食べ物という共通点だけでガラッと方向性を変えるなよ」



 女子らしからぬが、出会った時に肉まんを食っていた楸らしくはある。



「だって私、ジャンクフードが好きなんだもん」



「健康的じゃない食事を好むお前の方が姉ちゃんより健康って、理不尽な世界だよなぁ」



「うん、まあでも世の中そんなものだよ。理不尽なんていくらでも横行してるし、人間達はそれを見て見ぬふりしてるしさ」



「お前はどこ目線でそれを言ってるんだ」



「勿論一人の人間として、だよ。当然でしょ、神様じゃあないんだから」



 神様ではなくとも、俺とこいつは神様と同質化しているのだが、楸としてはまだ一般人感覚らしい。

 人のことは言えないので、まあだから言わないが。



「まあ、わかったよ。じゃあケバブな。美味しいところ調べておくよ」



「え、本当に? なんかごめんねお兄さん。手間をかけさせちゃって」



「別に大した手間でもないから気にするな」



 それにもともとネットサーフィンはする予定だったので、結果的にさほど変わらないし。ケーキがケバブになっただけである。



「さっすが、私が唯一親しい男性のお兄さんだね。ちょっと好感度上がりました」



 さっきの照れは何処へやら、楸は笑顔で笑いかけてくる。こっちが照れてしまう。

 まあ、ケバブを奢るのもお仕置きのお詫びと思えば納得出来なくもないか。

 いや、お仕置きのお詫びってなんだよ。



「ねぇお兄さん、そろそろ飲み物買って戻ろっか。変に思われそうで嫌だし」



 思えば、飲み物を買うにしては結構な時間が経っていた。もう手遅れという気がしないでもないが、手遅れだからこそなるべく早く戻った方が良いのかもしれない。



「よし、じゃあそうするか。で、なんで俺達は屋上に向かってるんだ?」



 俺も楸も無意識だった。

 この病院に居ると、無意識に屋上に足が向いてしまうのかもしれない。

 自販機は、まだ遠い。




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