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矛盾だらけのアイソドシンク ―The World of Paradox―  作者: 天崎澄
第三章 伝説解明編
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第67話 中学生ハグ事件

「わ! 蒼汰さん、わざわざお見舞いに来て下さったんですか?」



 楸に連れられて病室に足を踏み入れた俺の顔を見るや否や、ベッドで上体だけを起こしている柊榎ちゃんは嬉しそうにそう言ってくれた。まるで仔犬が尻尾を振っているように見えて、こっちの方が嬉しい。



「おう。気になってたし、柊榎ちゃんの従者がわざわざ学校まで迎えに来たしな」



「ちょ! お兄さん、余計なことを……!」



 慌てふためく珍しい楸を不思議に思ったのも束の間。



「む。ちょっと楸ちゃん、こっちに来てもらえるかな?」



「は、はい……お姉ちゃん……」



 優しい顔をした柊榎ちゃんが優しい声音で、しかしなぜだか妙なプレッシャーを放ちながら楸に手招きをする。

 従順に従う楸というのもまた、物珍しい。

 何が始まるのかと静かに見守っていると。


 ベッドの横に立った楸の顔を両手で挟んで、自分の顔に近づける。

 俺は一瞬、キスでもするのかとドキッとしたが、実際にはその手前で止まって姉妹の目と目が至近距離で合っている状態になっていた。

 空気が、膠着した。


「楸ちゃん」



「はい……」



「蒼汰さんのところに押し掛けたの?」



「いや……押し掛けたというか……」



「押し掛けたんだよね?」



「その、お願いに……」



「アポは取ったの?」



 中学生でアポなんて言葉よく知ってるな。流石は芸能人、ということだろうか。



「い、いや……直撃?」



「それを押し掛けたと言うんです!」



「ひゃっ!?」



 柊榎ちゃんに怒鳴られた楸は可愛い悲鳴をあげた。



「もう! なんで楸ちゃんはそうなの? ちゃんと相手の都合も考えて行動しなさいっていつも言ってるでしょ?」



「ご、ごめんなさい……」



 母子のやりとりみたいだな。



「もうその言葉は聞き飽きました。口で言って分からないなら――」



 え、体罰的な?

 流石にそれだったら止めに入るしか……。



「しばらく“ぎゅー”はおあずけです!」



「そ、そんな…………」



「ぎゅー?」



 宣告された楸はものすごい勢いで肩を落としているが、俺は疑問符から抜け出せないでいる。



「あ、そうだ。代わりにお姉ちゃんが蒼汰さんに“ぎゅー”してもらっちゃおうかな?」



 ガバッと、楸が顔を上げる。

 その表情にはどこか鬼気迫るものがあった。

 というかいつの間にか巻き込まれている。

 俺、そんな簡単に女の子に“ぎゅー”出来るほど軟派な男じゃないつもりなんだけど……。いや、“ぎゅー”が何かは知らないけど。



「それだけはダメ! ごめんなさいもうしないので許して下さい!」



「んー、じゃあ一つ条件を」



「なんなりと!」



 楸はベッドの横にひざまずいた。

 こうなると、本当にお姫様と従者という感じである。楸の尊厳も落ちたものだ。



「条件。楸ちゃんは、蒼汰さんに“ぎゅー”してもらって下さい」



「「へ?」」



 あ、楸とハモった。



「い、いやお姉ちゃん、それはいかがなものでしょう……」



 楸の抵抗が弱い。

 そこまで歳が離れているわけでもないのに、なぜこんなに上下関係ができあがってるのだろうか。

 兄弟姉妹の関係なんて、本当に家庭ごとに違うんだなと思う。それはもう、本当に。



「じゃあ、“ぎゅー”はおあずけね、一年間」



「い、一年!?」



 透明感がある美少女のくせに、柊榎ちゃんはニヤニヤと悪そうな顔をしていた。妹を弄るのが楽しくて仕方ないらしい。それは分からなくもないけど。

 そういう俺は、妹に弄られることの方が多いのだが。

 ところで楸はというと、もはや涙目になっている。

 そんな楸がどうするのかを見守っていると、少しフリーズした後で、無言で柊榎ちゃんの元から離れた。とぼとぼと、俺の前までやってきたかと思うと、意を決したように顔をあげた。

 相変わらず涙目で、俺がそれに気を取られている間に楸は両手を俺に向けて広げた。

 そして。



「お兄さん………して?」



「頼むから俺の劣情を弄ぶような言い方をしないでくれ……」



「?」



 俺の嘆きは当の本人には意味が通じなかったようで、楸は可愛く首を傾げていた。



「蒼汰さんも男の子ですもんね。一生涯大事にしてくれるなら、姉としては黙認しますけど。私、少し出ていましょうか?」



 姉の方には通じていた。



「俺は、君はもっと清らかな女の子だと思ってたんだが……。ここに二人きりにしたら何か起きると思うなよ?」



 姉の匂いが染み付いた寝台で妹とそういうことをするなんて、複雑な心境でしかない。どこぞの変態だったらむしろ興奮するのかもしれないが。



「心外ですね。私は純粋ですよ。純粋に、女の子も“そういうこと”に興味があるってことです。そうですか、蒼汰さんはチキン野郎でしたか」



「しれっと世界中の女子を巻き込むな。俺はチキンかもしれないけど」



「えへ、バレました?」



 そう言って舌を出す柊榎ちゃん。

 まあ会話の内容はともあれ、柊榎ちゃんが元気そうで安心した。

 俺が行使権限を使っていなかったらこういう話も出来なかったのかもしれないと思うと、少しだけ誇らしく感じた。

 それはそうと、楸はいつの間にか目を閉じて手を広げたまま俺を待っていた。

 開けた窓から吹き込んできた春の風が、純白のカーテン揺らすついでに何かの花の香りを運んでくる。

 その匂いに意識をほんの少し掠め取られ、あろうことか俺は、気付けば楸を全力でハグしていた。

 そうか、“ぎゅー”ってハグのことか。



「ふぁ……お兄さん、ちょっと……くるし……」



「ちょっと蒼ちゃん! 何してるの!?」



 後ろから、幼馴染の絶叫が聞こえた。

 そういえば、柊榎ちゃんに会うのが緊張するから深呼吸してから入ってくるって言ってたっけ。

 大分長い深呼吸だったな。そしてそのせいで、叶は幼馴染の男子が幼女(中学生だけどイメージ的には)を抱き締める様を目撃してしまったというわけだ。

 どうしようもない悲劇である。

 俺にとっても、幼馴染の彼女にとっても。



「えっと、そちらの方は?」



 お互いに目を見つめたまま硬直していた俺達二人を見て、この事件の黒幕である柊榎ちゃんが普通に首を傾げて言った。

 柊榎ちゃんが黒幕なら、犯人は俺なのだろうか?



「あーえっと、俺の幼馴染で……」



「音織、柊榎さん……」



 俺の紹介終わるのを待たずに、叶はベッドの上で、それでも綺麗な姿勢で座っている少女を見つめたまま、その名前を呟いた。

 そのどこか神秘性を帯びた姿は、幼馴染が中学生をハグする姿よりも衝撃的らしく、恐らく叶はもう俺と楸のことを忘れている。

 と、いうわけで。

 今回の事件は、黒幕である音織柊榎が自らの存在をもって収束させたのであった。




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