第65話 思いもよらぬ再会
俺、葵蒼汰が隣の市にある大病院を無事退院してから一週間が経ち、その間にカレンダーは4月から5月に変わり、それに伴って吹き抜ける風も大分陽気を内包してきたように思える。
いやあ、一時はどうなるかと思ったが、どうにかやっと、ようやく満を持して、俺の生活にも平和が訪れたんじゃないだろうか。
身体も病院で倒れて以降は特にこれといった異常はないし、密かに心配していた後遺症のようなものも特になかった。つまるところ体調は良好で、それに伴って最近は気分もいい。
というか、まあ俺の気分が悪いということがほとんどないのだけれど。
何はともあれ学生である俺は学生らしく、一日サボるつもりが結局一週間休むことになってしまった訳だが、それでも憂鬱感など皆無で学業に復帰した。
そもそも学校好きだし。勉強は嫌いだけれども。
しかし、復帰したのも束の間。
「明日からゴールデンウィークだね」
「そうなんだよなぁ……」
そう幼馴染の白敷叶が隣で言うように、世間は明日からゴールデンウィークである。
国民の多くは喜んでいるのであろうが、退院してようやく学校に復帰したばかりの俺としては、また連休というのは少し複雑な心境だったりした。
とはいえ、 それを嘆いたところ仕方ないし、今度はベッドに貼り付けられることもなく自由に青春を謳歌できるのだから、それはそれでしっかりと楽しまなくては損ではないだろうか。
よし、分かった。
そういうことなら気持ちを切り替えようじゃないか。
明日からは五連休、時間に換算すると120時間も好きに使えるということになる。
うーん、そう考えれば俄然テンション上がらなくもねーな。
「なあ、叶」
「なーに、蒼ちゃん?」
「いや、なんつうか、たまにはどこか寄り道でもしていかないか?」
教室を出てから校門に到るまでの間に、俺はそう切り出した。
明日から休みということは、実質的には放課後となった今この時から自由なのである。そう考えたら、なんとなくいてもたっても居られなくなってきたのである。
「え、うん、私は別にいいんだけど……」
なんだ?
妙に歯切れが悪いな。まー確かに、こういう時二つ返事で乗ってくるようなノリのいい幼馴染ではないけれども。
「なんか不都合でもあるのか?」
「私じゃなくて、蒼ちゃんの方にね」
「意味が分からん……」
「いや、蒼ちゃんいつも千散さんと散歩行くでしょ? 今日はいいのかなって」
「ん、ああ、そういうことか。いや実は休み時間に千散に会ってさ、『今日は用があって急いで帰るので、ストーキングはやめてください』って言われた」
「うーん……」
叶の顔が急に曇った。
何か嫌なことでもあったのだろうか。
「なんか、不思議な関係だよね、蒼ちゃんと千散さんて」
「そうか?」
「そうだよ。許可をもらってストーカーしてるって、それってもうストーカーじゃないよね?」
「けど千散がそう言うんだもんなぁ。俺としては別に不都合はないからいいんだけど」
ストーカーしているという自覚はあるし。
「うん、まあ当人同士が良いなら、部外者の私が口出しすることじゃあないよね」
叶は呆れたような、それでいてどこか寂しそうな不思議な表情をしていた。
うーん、もしかしたら心配されてるのかな?
学生でストーカーとかしてたら将来ダメな大人になりそうだもんなぁ……。
やむにやまれぬ事情があるとはいえ。
「あ、それで、どっか寄っていくの?」
「んー、じゃあカラオケとかは?」
「え、二人きりで?」
叶は目を丸くした。
そんな驚くことだろうか?
「嫌か?」
「別に嫌じゃない……けど、密室だから……」
密室だと何がダメなのか、全く分からない。
「そういえば在神さんは? 誘ってみたらどうかな?」
「いや、最近なんか部活やってるらしくて。何部なのかは知らねえけど」
どんどん人間界に馴染んでいくなぁ、あの神様は。嬉しいような悲しいような、複雑な気分だ。
「だから最近放課後見掛けないんだね。そっか……じゃあ、二人で行こっか、カラオケ」
「いいのか?」
「うん……もう覚悟は決めた」
カラオケに行くのに何の覚悟がいるのかは甚だ疑問だが。歌うの苦手だったっけか。
まあ、いいならいいか。
と、行く場所が決まったところで校門に差し掛かる。
いつもなら俺は儚を待つために叶とはここで別れるのだが、今日はその必要はない。
ので、普通に通過する。
「やっほー、お兄さん」
さて、今日は何を歌おうか。
まーとりあえず一曲目はバラードかな。
「ちょっと! なんで無視するの!?」
「おっと?」
なんか叫びながらちっこい影が俺にしがみついたかと思うと、そいつは見知った顔だった。
「なんだ楸か。ちっこくて気付かなかったよ」
「うそつけ! 私が声を掛ける前に一瞬目が合ったよね!?」
「ん、そうだったか? まあ知り合いと目が合っても気付かないこともあるだろ」
「そうそうないよ……。昔の知り合いとかだったらともかく最近の知り合いじゃん、私達」
『昔の知り合い』はともかく、『最近の知り合い』という言葉を俺は生まれて初めて聞いた。
落胆して肩を落とす楸の頭に手を置いて、グリグリと撫でてやる。
楸は少し嫌そうな顔をしながら逃げたりはしない。とんだツンデレである。
「で、なんで中学生のお前がこの時間にここに居るんだ?」
何気に初のセーラー服姿をお披露目している楸が、にやにやしながら言う。
「どうしてだと思う?」
いくら終わるのが多少早いといえ、楸の通う学校は隣の市にあったはずだ。どんな移動手段を使ったところでこの時間に間に合うとは思えない。
それこそ時間を止めたり出来なければ…………あ。
「まさかお前!?」
「いやストップストップ。流石にそんなことの為に時間を止めたりしないよ。学校を途中で抜け出してきただけ」
なんだ、そういうことか。
「普通に言ってるけど結構不良だな、お前」
「別に、ルール縛られてないだけ。お兄さんに用があったんだから仕方ないでしょ。ねえ、それよりそっちの人は? お兄さんの彼女?」
「へひっ!? か、彼女だなんて……!」
俺の後ろで様子を窺っていた叶を見て楸が言う。
へひって。
「いや、幼馴染で友達だけど」
「なんだそっか、つまんないなぁ。お兄さんの弱点を握れるかと思ったのに」
「なんで俺の弱点を握ろうと思ってるんだ、お前は」
「ほら、またいつお兄さんと敵対するか分からないからね」
「敵対? するわけねえだろ。俺はいつでもお前の味方だよ」
「んむ……じょ、冗談だよ。恥ずかしいこと言うなぁ……」
そう言って楸は顔を少し赤くした。
そんなに恥ずかしいことかな……。
「それで、俺に何の用なんだ?」
「ああ、そうだったそうだった」
軽く深呼吸をし、姿勢を正して。
「お兄さん、お願いがあるんだけど」
音織楸はそう言った。




