間話:とある存在による嘆願
嘆かわしいね。
前々から愚かだとは思っていたが、今回改めてそれが度を越していることに気付かされたよ。
やあ、お久しぶり。
元気だったかい?
私は見ての通り、意気消沈の面持ちさ。
何故って、だって非道い話だろう?
今回の《時間》と《空間》と人間の都合を巡る物語において、彼ほど矛盾していたやつはいないだろう。
“矛盾しない少年”が聞いて呆れる。
まあだから、普通に矛盾するんだけれどね、彼は。
それにしても、って話だ。
音織楸に、彼は何て言った?
誰かを救うために他の誰かを犠牲にするのは間違っていると、いかにも偉そうに語っていたんじゃなかったっけ?
その挙げ句、俺は誰も犠牲にしない。
なんだいそれは。
盛大な前フリかい?
人間の分際で、神にでもなったつもりなのかな。
どうして自分という存在を、枠の外に置くんだ。
誰も犠牲にしないって。
思いっきりしてるじゃないか、自分を犠牲に。
自己犠牲が格好いいとでも思ってるのか。
そうだとしたら、それはとんだ勘違いだ。
むしろ愚の骨頂だろう、そんなもの。
あなたはどう思う?
人間の一生は、嫌になるほど短いだろう。
その長さこそ人それぞれだが、悠久の時の流れの中では、一瞬みたいなものだ。
一生なんて一瞬だ。
そんな、自分に与えられたただでさえ短い時間を、他人の為に削るなどどう考えても賢いとは言えないだろう。
自分がやりたいことをやっているのだから損はしていないなんて、救えないレベルのポジティブシンキングだ。
その思考をしている時点で損をしているということに、どうして気付かないんだ。
まあ。
誰が死のうが生きようが、私にとってはどうでもいいことなのだけれど。
例え悠久の時を生きようとも誰と交わることもない私にとっては、ね。
もしこれを読んでいるあなたが人間であるならば。
どうか一度考えてみてほしい。
彼がしたことの是非を。
他人の為に自分の、残りがどれほどかも分からない時間を削ることの正当性を。
ただ一つ、それにあたって忘れないで欲しいことがある。
彼が、“例外ではない人間”であるということだ。
自己犠牲が、本当に自己だけを犠牲にしているのか。
そこに疑問を抱けないとすれば、それこそエゴイズムの極致だと、私は思う。
それでは、またどこかで会えたら、嬉しく思うよ。本当に。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
ここまでで、『第二章 時間乱流編』は完結となります。
第三章以降もお付き合いいただけると嬉しいです。
それと作品の感想など、いつでもお待ちしていますので気軽に送ってくださると跳び跳ねるほど嬉しいです。
重ねて、チェックはしておりますが誤字脱字などがもしありましたら、よろしければ教えていただけると非常に助かります。
今後の更新に関しまして、活動報告の方にあとで投稿させていただきますので、気になる方はそちらの方を見ていただけるよう、よろしくお願いします。
それでは、長々と失礼しました。
2017.4.23 蒼葉綴




