第63話 あの後
お姉ちゃんは今の状態だと健康体なんだけど、何しろ前代未聞だからね。一ヶ月くらい検査入院するみたい、ちょっと長いけど仕方ないよね。
と、音織柊榎の今後を語って、音織楸は病室から去っていった。
蒼汰としては柊榎の顔も見たいところだったが、きっと彼女も自分と同じ状態なのだろうと思い、同情するに留めた。
そしてまた静寂が――。
「またあなたは無茶をして!」
訪れることはなかった。
ノックも無しに部屋に駆け込んできたのは、いつもよりも少し大人っぽい私服に身を包んだレクシアだった。
髪も下ろしていて、今日は雰囲気が違う。
「レクシア、お見舞いに来てくれたんだ?」
「お見舞い? ええそうですね、今にでも蒼凰裂閃をお見舞いしたい気分です!」
ベッドの縁にダンッと両手を付いたレクシアは、勢いで蒼汰に詰め寄る。
「ちょ、シア、近い……」
キスしてしまいそうな距離に蒼汰が抵抗の声をあげると、レクシアもハッとする。
瞬間的に体を離し、ベッドから一歩後ずさったレクシアの顔は真っ赤に染まっていた。
「す、すみません……興奮してしまって」
「いや、いいよ……」
そう返す蒼汰の顔もほんのりと赤い。
変な空気が部屋に満ち、それを換気しようとしたのか、風が部屋に吹き込んでレクシアの髪を揺らす。
結果、空気は元に戻らなかったが、レクシアの火照りは幾分収まったようだ。
「心配……しました」
「え、レクシアが?」
蒼汰の失言に、レクシアはムッとする。
「しますよ、私だって。心配くらい」
「そ、そうだよな……ありがと。けど、よく俺が目を覚ましたって分かったな?」
「それは、緋奈さんから連絡がきたので。取るものも取りあえず来てしまいました」
「ああ、だから髪縛ってないんだな、今日は」
「う……そういえば……」
意識すらしてなかったのか、蒼汰の好奇の目に晒されて、レクシアは恥ずかしそうに俯いてしまう。
「大丈夫、可愛いよ」
「あなたという人は……すぐそういうことを言うんですから……」
そんな風にそっけなくしながらも、レクシアは少し嬉しそうだった。
「ん、そういえば、緋奈から連絡きたって、どうやって?」
「はい? どうやってって――」
そう言いながらレクシアは持っていた鞄からあるものを取り出す。
「これでですが」
何を当然のことを、と言わんばかりに“ソレ”を胸の前に掲げる。
蒼汰は一瞬目を疑ったが、“ソレ”自体は別になんの変哲もないものだった。
「ああなんだ、ただのスマートフォンか」
「はい、ただのスマートフォンですよ」
「……………………ねぇ」
「はい?」
「なんで神様のお前がスマートフォンなんて持ってんの?」
神様に対してのお前呼ばわりもなかなかのものだが、それでも蒼汰の疑問はもっともなものだった。
「確かに私は核神ですが、人間に見えてしまうのですから年頃の娘の姿である以上、これくらい持ってないと不自然じゃないですか」
「あ、ああ、なるほど……」
そんな感じなのか、核神て。
思いの外、俗っぽい感じなのが蒼汰としては複雑だった。こう、神聖さが損なわれる気がするというか。その代わり親しみやすさが大分上がったが。
「まあ、電話帳にはあんまり入ってないんですけどね。私以外の核神は持ってないでしょうし、そもそもどうしてもという時は想響を使えば済みますし。あ、葵蒼汰……その、もし良かったら連絡先を交換してあげても良いですよ?」
アイソドシンクによれば、練習すれば蒼汰でもその想響が使えるという話だったので必要性こそ薄いのだが、しかし蒼汰も男である。
可愛い女の子(例えそれが神様だとしても)の連絡先はやっぱりゲットしておきたかった。
というわけで、お互い喜んで連絡先を交換した。 蒼汰はしれっとしているが後でにやけるに違いない。
一方レクシアは。
「これで、三件……大分増えましたね」
と、友達が居ない子みたいに喜んでいた。
「そういえば、他の核神達は?」
アイソドシンクとか、シロームとかクロナとか。
「ああ、シロームとクロナは一緒に来ると言っていたんですが、病院で騒がしいのはどうかと思ったので押し留めて来ました」
「ん、あの二人はレクシアと違って人間には見えないし、聞こえないんじゃないのか?」
「ええ、そうです。ただ病院で騒がしいのは、私的にNGなので」
「あ、ああ、そうか……」
「それにあなたの身体に障っても行けませんし……」
その声だけは何故か小声で、蒼汰の耳までちゃんと届かなかった。
「へ? なんだって?」
「な、なんでもありません! そ、それより……アイソドシンクを知りませんか?」
「は? 入院してる俺が知ってるわけないだろ?」
「そう、ですか。いえ、もしかしたら一足先にお見舞いに訪れているかと思いまして」
「いや来てない。っていっても、あいつは俺から離れられないんだから、その辺にいるはずだよな?」
「そうなのですが、感覚領域を展開しても感知できないんです」
「ん、どういうこと?」
「さあ……私にも分かりません」
「まあ、その内姿を見せるだろ。あいつが居なきゃ世界は成り立たないんだろ?」
「そう……そうですね。この世界が無事ということは、アイソドシンクも無事ということです」
「じゃあ、そんなに心配することはないか……」
「恐らく、大丈夫でしょう」
それでも少しの不安は拭えなかったが、これ以上気にしても仕方のないことなので、沈黙を埋めるべくお互いがそれぞれに違う話題を探した。
結果、口を開いたのはレクシアだった。
「そう、そういえば、シロームとクロナは仲直りをしたんですよ」
「そっか。いや、そんな気はしてたよ」
「まあ、あの二体が仲違いをしていたことが異常なことでしたからね。ですが、全て元通りということにはやはりいかないですね。分かっていたことですが」
「ていうと?」
「ほら、クロナは音織楸と同質化していますから。あなたとアイソドシンク同様、離れることができなくなったわけです。ですから、クロナの滞在に伴い、シロームもしばらくの間この辺に留まるみたいです」
「そっか、それは……良かったな」
蒼汰のその発言に、レクシアは溜め息を吐かざるを得なかった。
「何が良いもんですか。あなたとアイソドシンクが同質化しただけでも私にとっては不安要素だというのに……。その上クロナまでもとは、これはいよいよ核神の風紀が乱れているとしか思えません」
まるで風紀委員長の風格でそう言って頭を抱えるレクシアを見て苦笑しつつ、それでも《時間》と《空間》の滞在を、蒼汰は嬉しく思わずにはいられなかった。
「でもさ、せっかく会えたのに、このままお別れっていうのは嫌だったから」
「どうせあの子達が可愛い女の子の姿をしているからでしょう? 男性はそれの何が良いのか、私としては甚だ疑問です」
「それをレクシアが言うのか……。まあ、神様ならそう思うのかな」
自身の美少女さをまったく理解していない風なレクシアに若干辟易しながらも、蒼汰は蒼汰なりに彼女達が人間じゃないということを理解しようとしていた。
ふと蒼汰が部屋に備え付けの小さな棚にある置き時計を見ると、思いの外時間が経っていたことに気付く。
「あ、そろそろ緋奈が戻ってくるかな」
「え……そう、なのですか?」
レクシアはなんとも言えないようなリアクションだった。
「うん、入院が長引いたから、今着替えを取りに行ってくれてるんだよ」
「なるほど……では、私はそろそろお暇しましょうか……」
「え、なんで? 別に居ても大丈夫だと思うけど……」
蒼汰としては入院生活は寝る以外にすることがなくて退屈なので、出来れば話し相手として居て欲しかった。
「いえ……私は少し、葵緋奈の視線が苦手なので……」
「どうして?」
「いや、話し方こそ親しげにしてくれるのですが、どこか私を見る目に鋭利なものがあるというか……。敵意、とまでは言わないのですが……」
「へえ、緋奈が? レクシアが嘘ついてるとは思わないけど、だとしたらなんでだ?」
「さぁ……私にも分かりません。とりあえず、今日のところはこの辺で失礼します」
そう一礼して去ろうとするレクシアの手首を、蒼汰はとっさに掴んでしまった。
「ひゃっ!?」
しなやかな身体をビクンとさせて、レクシアは蒼汰を振り向く。
「あ、ごめん……つい」
「だ、大丈夫ですが……まだ何か用ですか?」
「あー、いや……その、良かったら、またお見舞いに来てくれないかな、って」
「え?」
「いや、ほら……この部屋殺風景だし、華やかさに欠けるというか……」
「私に、来て欲しいんですか?」
蒼汰が見詰めるレクシアの瞳は、どこか潤んでいるような気がした。
「うん。来てくれたら、嬉しい」
レクシアも蒼汰の目を見たまま、何故かそれを逸らすことが出来ずに、少し顔が熱くなるのを感じた。
「わ…………」
「わ?」
「分かりましたっ……仕方ないので、また来てあげますよ! 今度はクッキーでも焼いて」
まるで照れ隠しのようにそうい言うと、ようやくぷいっと顔を逸らすことが出来た。
「ありがとう」
満面の笑みでお礼を口にする蒼汰を横目で見てから。
「で、ではっ、私は本当に帰ります!」
そう言って身を翻すと、蒼汰の手を半ば振り解くようにしてその場を離れた。
「あ、うん。気を付けて帰れよ」
遠ざかる後ろ姿に蒼汰が声を掛けると。
「人間扱いしないでください!」
その言葉を最後に、レクシアは本当に病室を出ていった。
まったくその通りだなと、蒼汰は暮れてきた空を見ながら思った。




