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矛盾だらけのアイソドシンク ―The World of Paradox―  作者: 天崎澄
第二章 時間乱流編
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第60話 生きるということ

「あーあ、なんで来ちゃうのお兄さん」



 屋上に一歩出たところで、蒼汰はその声を聞いた。

 すぐに左の壁に、その少女は寄り掛かって立っていた。


「あとさ、早くない? 何時だと思ってるの。診療時間外だよ。非常識だなぁ」



「お前には言われたくねーよ、楸」



「呼び捨てですか、まあいいけど。で、何しに来たの?」



 蒼汰は開きっぱなしだったドアを閉めた。



「お前の計画を邪魔しにきた」



「させると思うの?」



 蒼汰はその問いには答えず、代わりの言葉を口にした。



「なぁ、お前の姉ちゃんはさ、本当にそうまでして生きて嬉しいのかな」



 その言葉が、音織楸の何かに触れた。

 楸は壁から背を離すと、その代わりに拳を腕ごと壁に叩きつけた。

 その顔には激情を映していた。


「分かったようなことを言うな! 生きたくない人間なんて居るわけないじゃん! それに、これはお姉ちゃんの為じゃない、私が私の為にやるんだよ!」



「そうだよな。生きたくない人間なんて居るわけがない。それはお前もじゃないのか?」



「私はいいの! お姉ちゃんが生きててさえくれれば私なんてどうでもいい! お姉ちゃんが生きててくれたら、私はそれで満足なんだよ!」



「そうか。でもそれでも、俺は時間を止めて欲しくないって思うよ」



「なんで? お兄さんとこの病院は何も関係ないでしょ? 出しゃばらないでよ!」



「そういうことじゃないんだ」



「じゃあ……なんなんだよ?」



「楸、一日花って知ってるか?」



 突然のその問いに楸は少し硬直した。

 だがしかしその後で冷静に答えたのは、無意識に先にある答えを望んだからなのかもしれない。



「知ってるけど」



「そっか。俺はつい最近知ったばっかなんだけど、良いなぁって思ったよ」



「何が良いの? 一日しか咲けないなんて可哀相じゃん。それこそ時間が止まればいいのにって、きっと花もそう思うでしょ」



「その時しか咲けないから、花は綺麗なんだって思うんだ。ずっと咲いている花なんて、背景にはなれても風景にはなれないだろ。時が経てばその花弁は散ってしまうけど、でも時が経たなきゃまた咲けない。一日花はまた明日、違うところに花をつけるかもしれない。時間を止めるっていうのは、その可能性を摘んでしまうのと同義だ」



「何が言いたいのか、よく分からない」



「人間も同じだってことだ、俺が言いたいのは。時間は誰にも平等に訪れる。そして必ず終わりが来てしまうけれど、だからこそ人はその限られた時間を懸命に生きるんだ。だからその一生を、輝けるんだ。時間を止めてしまったら、それは悠久の破滅だよ」



「自堕落に生きている奴だって、それなりに居るでしょ」



「生きてる人間に頑張ってない奴はいない。頑張ってるように見える奴はすごく頑張ってるし、頑張ってないように見える奴もそれなりに頑張ってるんだ。“生きる”ってこと自体が、頑張らなきゃ無理なんだよ。だから、生きてればそれでいいんだ」



「まあ、そうかもね。けど……だから、なんなの?」



「お前の姉ちゃんに生きてて欲しいと、俺は思う。だけどその為に他の人を殺していいとは思わない」



「殺さないよ、時間を止めるだけ」



「動かない時間の中で閉じ込められてたら、死んでるのと同じだ。生きるっていうのは、“変わる”ってことなんだから」



「あっそ。お兄さんも結局、個を犠牲にして全を救おうっていう偽善者ってことか」



 その目に絶望を浮かべて、楸は蒼汰を睨んだ。

 だが蒼汰は動じずに。



「いや、俺は誰も犠牲にしない」



 何を言ってるんだ、この男は。

 平和ボケで脳ミソ蕩けてるのか?



「お兄さん、ふざけるのもいい加減にしてくんないかな。流石にそろそろ限界なんだけど」



「ふざけてない。音織柊榎は俺が助ける。だから時間を止めないでくれ」



「はあ? 医者でもないただの人間であるお兄さんに、一体何ができるっていうの?」



「できるよ。俺はただの人間じゃないからな」



 そして蒼汰は、自身の計画を語り始めた。




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