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矛盾だらけのアイソドシンク ―The World of Paradox―  作者: 天崎澄
第二章 時間乱流編
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第59話 時がふたりを分かつまで

「ねぇ、もっかい確認するけどさ、キミ本気なの?」



 呆気に取られているクロナの質問に対し、蒼汰は無言で頷いた。



「そっか……でも分かってるんだよね? そうした結果どうなるのか。後悔しない?」



「後悔するような選択なら、最初からしねえよ」



「ふむ……」



 クロナは右手で頭を抱え、少しの間思考する。

 その間蒼汰はずっと目を逸らさずにクロナを見詰めていた。



「はーあ…………分かった。通っていいよ。それが本当なら私達の願いも叶えられるわけだし」



「ありがとう、聞き入れてくれて」



 そう微笑んで、蒼汰は階段をのぼり始めた。

 クロナは次第に近付いて来る人間をじっと見据えている。

 やがて、自ら横を通り過ぎようとする少年に対し、声を掛けた。



「シア様とシンクが君と行動を共にしてる理由が、少しだけ分かった気がするよ」



 その言葉に、少年は階段をのぼり切ったところで立ち止まり。



「そうか? 俺は未だによく分からないんだけど……」



「あっはは! いいね君、面白い。少し興味出てきたよ、君にもね」



「あはは、お手柔らかに……?」



 クロナには見えていなかったが、蒼汰は困り顔を浮かべていた。

 そしてまた歩き出し、屋上へと続くドアのノブに手を掛けたところで、思い出す。



「あ」



「ん、どうしたの?」



「そういえば伝言あるんだった。シロから、クロナに」




 * * * 




 気付けばクロナは階段を駆け降りていた。


 何故かと言えば、それはきっとそうせずにはいられなかったからだ。


 走るのは、走りたいから。


 それだけで理由としては充分で、もはや目的も明確だ。


 シロ、シロ、シロ、シロ!


 心の中の自分が叫ぶ。


 生れた瞬間からほとんどの“時間”を共にしてきた無二の親友の名前を。


 その存在をずっと、感覚領域で感じていた。


 本当は会いたいと思ってた。


 でも会えないと思ってた。


 だって、私はあの子よりも、自分が《時間(じぶん)》であることの証明を、求めてしまったのだから。


 裏切ったようなものだ。


 許されるはずがない。


 でも、それで良いとさえ、思っていたのに。


 それが自分についた嘘だったと気付いたのは、あの少年から、シロから私へのメッセージを聞いた時だ。


 心の奥底に封じた思いが爆ぜて、むせ返りそうになった。

 だから、それを誤魔化す為の全力疾走。


 本当は飛んでしまえば早いけど、それじゃあ楽すぎて。


 今はとりあえず、息苦しくなりたかった。


 ああ、もう。



「あーもう! バカシロっ!」



 ほとんど飛び降りる勢いで階層をいくつも下っていくと、やがて階段は途切れた。


 どうやら一階に到着したらしく、そこでクロナは一度立ち止まる。



「はあ……はあ……」



 本当は息切れなんてしていない。


 核神の身体能力はそれほど低いものではなく、今のクロナにとってはそれが恨めしかった。


 苦々しい思いで、一転して重々しい足取りで、クロナは病院の外に出た。


 すぐ目の前に、ロータリーを形成するために設置された植え込みがあり、アスファルトで囲われたその縁に腰掛けている姿が目に留まった。


 その空色の少女も、ゆっくりと顔を上げる。



「クロちゃん」



 《空間》の核神・シロームは、柔らかな微笑みをその愛らしい顔に浮かべていた。


 どうして。


 クロナには分からなかった。


 怒ってるなら分かる。


 恨んでるなら分かる。


 呪ってるなら分かる。


 けど。



「なんで……?」



「へ?」



「なんで、笑ってるのよ、シロ……」



 クロナのその言葉に、シロームは驚いた表情になる。

 だがすぐに再び、笑顔に戻った。



「なんでって……嬉しいからだよ。クロちゃんに会えたことが」



「シロ……。私は……」



「分かってる。ううん、やっと分かったよ、クロちゃんの気持ちが。ごめんね。シロ、全然クロちゃんのこと考えてなかった」



「違う……違うよ! 私が自分勝手なことは、私がよく分かってる! シロは私と一緒に居たいって思ってくれてたのに……一緒に居ようねって約束したのに、私はそれを裏切った……」



「ううん。いいんだよ、それで。だってそれが、“変わる”っていうことだから」



 おもむろに、シロームは立ち上がって、少しだけクロナに近付いた。



「ここに来てくれたってことは、蒼汰から聞いたんだね、私の伝言」



 穏やかなシロームの心が伝播し、クロナの心も凪いでいく。



「聞いたわよ。あの変な人間から」



「あはは、確かに蒼汰はちょっと変かも。まあ、シロはまだ人間のこと、よく分かってないんだけど」



「それは、まあ私もかな」



 ふたりは少し笑い合う。



「ていうかシロ、ああいうのはさ……その、自分で言いなよ」



「えー、だって恥ずかしいし……それにクロちゃんが許してくれるわけないって思って……。会いたかったけど、会いづらかった」



 同じ、だったんだ。


 シロも、私と。


 ああ、本当にもう、これは、あれだ。



「思い込みの、思い違いだよ、シロ。本当に許して欲しかったのは、私なんだから」



「別に、シロは責めてないよ? クロちゃんのこと」



「だからそういうことなんだって。私もシロを責めてない」



「ウソっ!?」



「ホントだよ。ね、だからさ、私はシロのことを許すから、シロも私のことを許してよ。それで、シロの言葉を、ちゃんとシロの口から聞かせて」



「クロちゃん…………うん、分かった」



 シロームは、少しの間目を閉じて、深呼吸をすると、また目を開く。

 その視線は真っ直ぐに、クロナの目を見詰めていた。


 そして、言う。



「クロちゃん。シロは、クロちゃんがどんなに変わっても、それをちゃんと受け入れる。だってそれが、クロちゃんが存在してるってことだから」



 だって、時間は“変えていく”ものだから。



「だから、もし良かったら、これからはクロちゃんのしたいことを邪魔したりしないから、これからも、出来るだけ一緒に居てほしい、です」



 クロナは初めて知った。


 核神でも、涙って出るんだ。


 零れそうになる雫を堪えながら、クロナは大きく頷く。



「時がふたりをわかつまで、一緒に居よう。まあ、《時間(わたし)》の権限でそんなことさせないけどね」



 そうして、止まった時間の中でふたりは抱擁を交わす。


 その表情はまるで仲のいい双子のように揃って、涙混じりの笑みだった――。




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