第59話 時がふたりを分かつまで
「ねぇ、もっかい確認するけどさ、キミ本気なの?」
呆気に取られているクロナの質問に対し、蒼汰は無言で頷いた。
「そっか……でも分かってるんだよね? そうした結果どうなるのか。後悔しない?」
「後悔するような選択なら、最初からしねえよ」
「ふむ……」
クロナは右手で頭を抱え、少しの間思考する。
その間蒼汰はずっと目を逸らさずにクロナを見詰めていた。
「はーあ…………分かった。通っていいよ。それが本当なら私達の願いも叶えられるわけだし」
「ありがとう、聞き入れてくれて」
そう微笑んで、蒼汰は階段をのぼり始めた。
クロナは次第に近付いて来る人間をじっと見据えている。
やがて、自ら横を通り過ぎようとする少年に対し、声を掛けた。
「シア様とシンクが君と行動を共にしてる理由が、少しだけ分かった気がするよ」
その言葉に、少年は階段をのぼり切ったところで立ち止まり。
「そうか? 俺は未だによく分からないんだけど……」
「あっはは! いいね君、面白い。少し興味出てきたよ、君にもね」
「あはは、お手柔らかに……?」
クロナには見えていなかったが、蒼汰は困り顔を浮かべていた。
そしてまた歩き出し、屋上へと続くドアのノブに手を掛けたところで、思い出す。
「あ」
「ん、どうしたの?」
「そういえば伝言あるんだった。シロから、クロナに」
* * *
気付けばクロナは階段を駆け降りていた。
何故かと言えば、それはきっとそうせずにはいられなかったからだ。
走るのは、走りたいから。
それだけで理由としては充分で、もはや目的も明確だ。
シロ、シロ、シロ、シロ!
心の中の自分が叫ぶ。
生れた瞬間からほとんどの“時間”を共にしてきた無二の親友の名前を。
その存在をずっと、感覚領域で感じていた。
本当は会いたいと思ってた。
でも会えないと思ってた。
だって、私はあの子よりも、自分が《時間》であることの証明を、求めてしまったのだから。
裏切ったようなものだ。
許されるはずがない。
でも、それで良いとさえ、思っていたのに。
それが自分についた嘘だったと気付いたのは、あの少年から、シロから私へのメッセージを聞いた時だ。
心の奥底に封じた思いが爆ぜて、むせ返りそうになった。
だから、それを誤魔化す為の全力疾走。
本当は飛んでしまえば早いけど、それじゃあ楽すぎて。
今はとりあえず、息苦しくなりたかった。
ああ、もう。
「あーもう! バカシロっ!」
ほとんど飛び降りる勢いで階層をいくつも下っていくと、やがて階段は途切れた。
どうやら一階に到着したらしく、そこでクロナは一度立ち止まる。
「はあ……はあ……」
本当は息切れなんてしていない。
核神の身体能力はそれほど低いものではなく、今のクロナにとってはそれが恨めしかった。
苦々しい思いで、一転して重々しい足取りで、クロナは病院の外に出た。
すぐ目の前に、ロータリーを形成するために設置された植え込みがあり、アスファルトで囲われたその縁に腰掛けている姿が目に留まった。
その空色の少女も、ゆっくりと顔を上げる。
「クロちゃん」
《空間》の核神・シロームは、柔らかな微笑みをその愛らしい顔に浮かべていた。
どうして。
クロナには分からなかった。
怒ってるなら分かる。
恨んでるなら分かる。
呪ってるなら分かる。
けど。
「なんで……?」
「へ?」
「なんで、笑ってるのよ、シロ……」
クロナのその言葉に、シロームは驚いた表情になる。
だがすぐに再び、笑顔に戻った。
「なんでって……嬉しいからだよ。クロちゃんに会えたことが」
「シロ……。私は……」
「分かってる。ううん、やっと分かったよ、クロちゃんの気持ちが。ごめんね。シロ、全然クロちゃんのこと考えてなかった」
「違う……違うよ! 私が自分勝手なことは、私がよく分かってる! シロは私と一緒に居たいって思ってくれてたのに……一緒に居ようねって約束したのに、私はそれを裏切った……」
「ううん。いいんだよ、それで。だってそれが、“変わる”っていうことだから」
おもむろに、シロームは立ち上がって、少しだけクロナに近付いた。
「ここに来てくれたってことは、蒼汰から聞いたんだね、私の伝言」
穏やかなシロームの心が伝播し、クロナの心も凪いでいく。
「聞いたわよ。あの変な人間から」
「あはは、確かに蒼汰はちょっと変かも。まあ、シロはまだ人間のこと、よく分かってないんだけど」
「それは、まあ私もかな」
ふたりは少し笑い合う。
「ていうかシロ、ああいうのはさ……その、自分で言いなよ」
「えー、だって恥ずかしいし……それにクロちゃんが許してくれるわけないって思って……。会いたかったけど、会いづらかった」
同じ、だったんだ。
シロも、私と。
ああ、本当にもう、これは、あれだ。
「思い込みの、思い違いだよ、シロ。本当に許して欲しかったのは、私なんだから」
「別に、シロは責めてないよ? クロちゃんのこと」
「だからそういうことなんだって。私もシロを責めてない」
「ウソっ!?」
「ホントだよ。ね、だからさ、私はシロのことを許すから、シロも私のことを許してよ。それで、シロの言葉を、ちゃんとシロの口から聞かせて」
「クロちゃん…………うん、分かった」
シロームは、少しの間目を閉じて、深呼吸をすると、また目を開く。
その視線は真っ直ぐに、クロナの目を見詰めていた。
そして、言う。
「クロちゃん。シロは、クロちゃんがどんなに変わっても、それをちゃんと受け入れる。だってそれが、クロちゃんが存在してるってことだから」
だって、時間は“変えていく”ものだから。
「だから、もし良かったら、これからはクロちゃんのしたいことを邪魔したりしないから、これからも、出来るだけ一緒に居てほしい、です」
クロナは初めて知った。
核神でも、涙って出るんだ。
零れそうになる雫を堪えながら、クロナは大きく頷く。
「時がふたりをわかつまで、一緒に居よう。まあ、《時間》の権限でそんなことさせないけどね」
そうして、止まった時間の中でふたりは抱擁を交わす。
その表情はまるで仲のいい双子のように揃って、涙混じりの笑みだった――。




