第57話 何をもって信じるのか
緊張感のない、有り体に言えば馬鹿みたいな話をしている間に、病院はすぐそこにあった。
中の様子を蒼汰が覗いてみると、今はまだ平常通りの時間が流れているようだった。
早朝でまだ受け付け時間前の為、受診に訪れている人は居ない。
音織楸の人間性を、蒼汰は良質であると判断していた。
特に根拠のない直感のようなものだったが、自分の感覚にとことん信じ従う蒼汰にとって、それ以上の理由は必要ない。
そう判断したが故に、音織楸は計画の実行に早朝を選ぶと予測した。
これほど大病院であれば夜間診療も行っているのであろうし、当直や夜勤の医師や看護師も居るであろう。そうでなくても入院患者も多数居るはずである。
もし音織楸が蒼汰の見立て通り良質な人間であるなら、その多人数の時間を凍結してしまうことに、少なからず罪悪感を覚えるであろう。
ならば、せめてもの配慮で人気の少ない朝方か深夜を計画の実行に選ぶだろう。それに、姉の柊榎を連れ出すのにも、その方が好都合であろうし。
そうなればあの姉想いの妹が、重病人である姉を深夜に叩き起こすようなことはまず考えられない。となれば消去法で、計画は朝方だろう。
というのが、蒼汰の読みだった。
通常、病院の面会時間は午後からというところが多い。この病院もその例に漏れないとすれば、楸は恐らく昨日から潜伏しているはずだ。
それくらいのことはする。
大好きな姉の為であれば、手段など選ばないということは、この計画を立てている時点で分かっている。
「さてシンク、ちょっと聞きたいんだけど……」
病院の外で立ち尽くした蒼汰は、背後に控えている《矛盾》の核神に声を掛ける。
「なんでしょうか、蒼くん」
「あのさ、俺を普通の人間に見えないようにすることって出来る?」
「はい、出来ますが?」
「ふむ。じゃあ、ちょっとやってくんない? 多分このままじゃナースさんとかに止められて楸のとこまで辿り着けなそうだからさ」
「分かりました」
ふたつ返事でそう答えると、アイソドシンクは蒼汰の胸に手を当てる。そして少し目を閉じると、アイソドシンクの掌から蒼汰の身体を包むように淡い光が走り、そしてすぐに消えた。
蒼汰としては、目の前が一瞬光った、くらいの感覚だろう。後には違和感も何も残っていない。
「え? 終わった?」
「はい、完璧です。これで蒼くんは普通の人間には見えません。干渉者と核神に丸見えですが」
「うん、それでいいよ。あいつらから隠れる気ははなからないし。でさ、これの効果って俺でも解ける?」
「蒼くんは私と同じ行使権限を持っているので出来ると思います。もしやり方が分からなければ、念を送ってくれればこちらで解きますが……」
「念を送るって何……テレパシーみたいなこと?」
「人間界の言葉で言うとそうですね。私達は想響と呼んでいますが」
「へえ。つっても、そのやり方が分からないんだけどな……」
「ああ、少しコツがいるかもしれませんね」
「そっか。じゃあまあ、それは今度練習するとして、これの効果は必要なら自分でなんとかしてみるよ」
そう頷きかけてアイソドシンクとの会話を一段落した蒼汰に、シロームが歩み寄る。
「蒼汰」
「ん?」
「シロも、いこっか?」
不安げにそう言うシロームの頭を、蒼汰はくしゃっと撫でた。
「大丈夫。俺も本当は一緒に行ってほしいけど、でも戦う意思がないってことを示すには、やっぱり一人で行くのがいいと思うんだ」
「そっか……。じゃあ、いっこお願いしてもいい?」
「いいよ」
内容を聞く前に蒼汰はそう応じた。
シロームとは出会ったばかりであるが、彼女の透き通るような目を見て少し会話しただけで、蒼汰はシロームのことを信頼しているのだった。
「クロちゃんにもし会ったら、伝えて欲しいことあるの。あのね――」
蒼汰の鼓膜を確かに震わせたその言葉は、春先の朝の空気に溶け消えていった。




