第56話 クロッシングハート
歩き、電車に乗り、また歩き。
刻一刻と大病院の近付いてくるその道中で、蒼汰は先程疑問に思ったことをアイソドシンクに聞いてみることにした。
「あのさぁ、シンク」
「なんでしょう?」
「いや、俺とシンクは同質化してるから離れられないんだよな?」
「そうです。半径およそ五キロ以上は離れることが出来ません。それがどうかしましたか?」
「うん。いや一昨日、例の現象に遭遇する前に千散とショッピングモールに行ったんだけど」
「ああ、いろいろな商店を集めて造った複合施設ですよね。知っています」
「あの時は別に気にしてなかったんだけど、よく考えるとあれってお前が家に居たとしたら五キロ以上離れてるんじゃないかなって。ひと駅電車乗ってる訳だし。そう考えれば、もしかしたら実際には距離の制限なんてないんじゃ……」
蒼汰は希望的観測を口にしながらアイソドシンクの方を見ると、その白い核神は首を横に振っていた。
「いえ、残念ですが。むしろそれで証明されてしまいました」
アイソドシンクの言葉に、蒼汰は首を傾げる。
「どういうことだ?」
「一昨日、確かに私は蒼くんの部屋に居て、自分から外に出ることはありませんでした。ですが、昼寝をしていて目を覚ました私は道路に居ました」
「なんだそれ、夢遊病みたいな話しか? 危ないなぁ」
「いやいや蒼くん、人間じゃないんですから」
そう言いながらアイソドシンクは、ぺしっと蒼汰の胸に弱々しいツッコミを入れる。
「まあ私は普通の人間からすれば見えないし触れないので、車に轢かれることはないから危なくはないのですが。しかし目覚めた時は、そんなことは初めての経験だったので首を傾げました」
「で、結局どうなったんだ?」
「他に特に異常はなかったので、普通に蒼くんの家に帰りました。その少し後で蒼くんが帰ってきたから、私は普通に帰れたんですね」
「ん? どういうこと?」
「例え話をしますね。同質化により、私は蒼くんに首輪をつけられてるとします。そして、それによって生じる私の移動出来る五キロ圏内は、リードの長さです。つまり私は、蒼くんの犬です」
「ちょっと待って、それ俺が鬼畜みたいになってるからさ……」
「シロも蒼汰に飼われたい!」
今まで黙っていたシロームがここに来て問題発言。
「シロもややこしくなること言わない! 確かに犬っぽい呼び名だけど……。シンク、続けてくれ」
「はい。まあですから、私は蒼くんにとっての愛玩動物なわけですが、それはひとまず置いといて――」
「ねぇ待って置いておかないで! 神様、あんまり自分を貶める発言はしない方がいいんじゃ……」
「いえ、今となっては誇りを持ってます」
「そこに誇り持たなくていいから! 分かった! もう本題に戻ろう!」
これでは埒が明かないと、蒼汰は脱線した話を元に戻すことにした。アイソドシンクはコクリと頷き、口を開く。
「つまり、蒼くんが私から五キロ離れたその瞬間、私に付けられたリードはピンと張ってしまい、結果として私は寝ている間に蒼くんの存在に引き摺られてしまった、ということです」
「なるほど……表現は悪いけど分かりやすいな。目が覚めた時には俺がもう近くまで戻って来てたから、帰りは何の問題もなく帰れたってことか」
「そーゆーことですね」
「ありがとう、疑問が解消されたよ。やっぱり制限があったっていうのは残念だったけど」
「そう、ですか」
蒼汰の言葉に対し、アイソドシンクは少し声のトーンを下げていたが、それに気付く蒼汰ではなかった。
「ねぇ、シロには首輪つけてくれないの?」
まだ言ってるのか、と蒼汰は溜め息を吐くしかなかった。
「あのなぁ、そもそもシロは首輪がどういうものか知ってるのか?」
そんな質問は心外だとでも言わんばかりに、シロームは頬を膨らませる。
「それくらい知ってるよ! 人間が発明した首につけるアクセサリー? みたいなのでしょ?」
「あー、惜しい……」
「え、違うの?」
「シローム、私が教えてあげましょう」
キョトン顔のシロームに、どこか得意気にアイソドシンクが申し出る。
「首輪というのは人間が愛玩動物につけるものなのです」
「“あいがんどうぶつ”って何?」
「世間一般ではペットと言うのですが、簡単に言うと可愛がる為に飼育される動物のことです」
「なるほど。で、なんでそれに首輪つけるの?」
「人間にとって首というのは急所なんです。ですからそこに拘束具をつけることで、その生命の所有権を誇示しているのです」
「うわぁ……なんかエゴいね」
エゴいってなんだよ……まあエゴイズムってことなんだろうけど――と蒼汰は内心で思いながら聞いていた。
「ですね。人間とはかくも業の深い生き物なのです」
「いや、違うから」
いかにもそれらしく語るアイソドシンクだったが、蒼汰は冷静にそれを否定した。
「まず拘束具じゃないから。首輪をペットつける第一の理由は、例えば犬が脱走とかした時に知らない人が見て飼い犬かそうじゃないかの判別をする為だし、もしそれで迷子になった時には首輪に連絡先とか書いておけるし、あとはリードをつけて散歩とか安全にする為だし! だから決して人間のエゴとかじゃなくって、むしろ飼い主さんが可愛いペットの為を考えて使うように作られたのが首輪なんだよ!」
熱く主張を叫ぶ蒼汰に、二体の核神は顔を見合わせる。特に言葉を交わすわけでもなく、アイソドシンクとシロームは目で通じ合っているようだった。
再び蒼汰の顔を見るとアイソドシンクは。
「……リードをつけて散歩するのは、『俺様がこの命を従えてるんだぞ』という優越感に浸るための自己満足な――」
「違うから!」
食い気味に、蒼汰はアイソドシンクの言葉を遮った。
「人間はそこまで愚かじゃないから! そんなスタンスの飼い主、恐らく絶対居ない!」
「言葉が矛盾していますが?」
流石に《矛盾》の核神は見逃さない。
「気にするな!」
しかし蒼汰は力業でねじ伏せた。
「お、おーけー!」
少年と核神のやりとりを静かに見守っていたシロームは、急に横から横文字をぶちこんだ。
「だ、大体分かったよ……だから大丈夫。それにしても蒼汰、ペット飼ってない割には詳しいんだね?」
「……うん。犬が好きで飼いたかったんだけど、親が許してくれなくて……。でも自立したら絶対飼おうと思っていろいろ調べてたら、智識だけすごい付いちゃってさ……」
「そ、そうなんだ……」
蒼汰の少し悲しい過去を垣間見たシロームは、なんて言葉を掛けていいのか分からなかった。
そんな中、アイソドシンクは衝撃的なことを口にする。
「私は同質化によって蒼くんの精神とある程度リンクしているので、そのことを知っていました。だから私は蒼くんの犬になることを決めたのです。ですから、私を存分にリードで連れ回し、撫で回し、食事と排泄を管理してください」
「シンク……」
少年と白い核神は見つめ合う。
端から見ているシロームには、それは踏み入れがたい領域に思えた。
全ての音と風景が消えたように思えたその時、少年は口を開く。
「気持ちは嬉しいが、俺はそんなレベルの変態じゃない」
気持ちは繋がっていれどもすれ違う。
“思いやり”が必ずしも相手の為にならないというのは、底知れない悲しさがある。
《空間》の核神は密やかに、そんなことを思っていた――。




