第52話 意趣返しならぬ八つ当たり
光の矢を潜り抜けて青い斬撃が飛来するのを、《時間》の核神であるクロナはぼうっと眺めていた。
近づく。
近づく。
矢を連続で放ちながら冷静に、斬撃の向こう側のレクシアに狙いを定めて、文字通り一矢報いる為にただひたすらに光を凝集し、放つ。
まだ大丈夫。
まだ届かない。
もう少し――。
クロナはレクシアの放った蒼凰裂閃を、ギリギリまで避けないつもりだった。
恐らく最初の矢は避けられてしまうだろう、レクシア様の反射神経であれば。
だがしかし、蒼凰裂閃を放ったことで、“その斬撃を私が避けるだろう”とレクシア様は思考するはず。そしてそこに油断が生まれるはずだ。
私はそれを逃さずに射る。
もちろん最終的には、斬撃も避ける。
あれ避けるのは、《時間》の核神である私ならば簡単なことだ。
斬撃の時間を、遅くしてしまえば良いだけの話である。
まだ。
まだいける。
矢を射ろ。
見据え。
番え。
放て。
近づく。
近づく。
そろそろかな。
刹那の思考を経て、クロナは唱える。
「ディセレレーション――テンサウザンド」
減速、10000倍。
果たして斬撃そのは速度を急激に落とし、よく見れば少しずつ動いているという程度のスピードになった。
クロナがそれを確認し、悠々と身体を逸らそうとしたその時――。
「うそ……」
そう呟きながら、クロナは信じられないものを目にした。
止めた斬撃を通り抜けて、止める以前の蒼凰裂閃の速度をそのままにしたような、“少し色味の薄い蒼凰裂閃”が真っ直ぐに自分に迫っていた。
気付いた時にはもう遅い。
身体を逸らし初めていたクロナの左腕が根本から切断され、宙に舞った――。
* * *
数多の光矢を掻い潜ったレクシアは、横目で見ていたクロナの左腕がその手に持った【流弓・閃光残影】とともに飛び、そしてそれが地上に向かって下降し始めるのを見て空の床を蹴った。
急降下。
驚愕に顔を歪ませているクロナを尻目に、落下しかけの腕と弓をキャッチする。
本来であれば切り飛ばされた腕は一定時間で消滅しクロナの腕は再生するはずだったが、レクシアが“クロナの腕”の存在力を保っているせいでその流れが食い止められていた。
「私の腕を……弓を返してください!」
【流弓・閃光残影】もクロナの意思で自在にその存在の有無を操れるはずであるが、脳というコンピューターと、左手という端末が切り離されてしまっている為に一度消すということも出来ないらしい。
クロナの肩と、レクシアの持つクロナの腕のそれぞれの斬り口からは、血の代わりに水色の燐光が溢れ溶け消えていく。
「返しません。あなたがおとなしく私に捕まるまでは」
「くっ……! 図りましたね、レクシア様っ!」
「蒼凰裂閃・影二重。顕現乖離と影打、二刀による斬撃波を見切れないとは、あなたもまだ未熟ですね」
「最初から、読んでいたのですね。この結末を……」
「読んでいた、と言うと語弊があるかもしれないですね。こうなるように、誘導させていただきました」
私が葵蒼汰にされたように――と、レクシアは内心で呟く。
「降参、しますか?」
「私は……」
クロナは目を伏せる。
弓が無ければ、クロナに取れる攻撃手段は近接格闘しかなかった。
しかしそれも左手を失っていては間違いなく不利である。
それを瞬間的に悟ったクロナが取った行動は。
「アクセラレーション――テンサウザンド」
その言葉を最後に、レクシアの視界からクロナの姿が消えた。
「逃げましたか。往生際が悪いんですから」
そう一人呟いて溜め息を吐くと、眼下を見下ろす。
葵蒼汰の元に、アイソドシンクが戻っているようだ。
その傍らに《空間》の核神であるシロームの姿もある。
対の核神であるアイソドシンクが捕縛に成功し、自分は腕一本しか確保出来なかったというのは少し複雑な想いがあったが、まあひとまずは仕方ないと、レクシアはゆっくり地上に降りていくのだった。




