第51話 変わりゆく
一方、《矛盾》と《空間》の核神はというと。
「ちょっとシンク……本当に戦うの?」
《空間》――シロームの顔は分かりやすくビビっていた。
それに対していつも無表情なアイソドシンクは。
「まあ、ですね。あなたがおとなしく捕まってくれるなら話は別ですが」
「それは無理……ていうか! クロちゃんの目を覚まさせれば、全部解決するんだよ!」
「それはシロの言い分に過ぎません。クロの言い分も聞かなくては判断できないことです」
「うー……」
基本的に争いごとが好きではないシロームではあるが、その相手がアイソドシンクともなればそれはもう戦いたくなかった。
アイソドシンクの行使権限【現象否定】はありとあらゆる矛盾を引き起こすことが出来る為、文字通り“何が起きるか分からない”のである。
小心者で実戦経験の少ないシロームとしては、避けて通りたい相手であるのは間違いなかった。
だがしかし。
どうやら遠くで、クロナは必死に抵抗しているようだ。
だったら、自分も捕まるわけにはいかない。
「もーっ!!」
急にシロームは叫ぶと、二つの銃口をアイソドシンクへと向けた。
「覚悟は決まったようですね」
「覚悟が決まらなくてもやるしかないの!」
つまるところヤケクソらしい。
シロームは両手の銃の引き金を同時に引く。
銃声が鳴る。
しかしやはり銃口からは何も射出されず、その代わりにアイソドシンクの左右二メートルくらいの距離、ボーリングの玉程度の空間が歪んだかと思うと元に戻った。
視認は出来ないが、そこからアイソドシンクに向かって空間の塊が射出されていた。
アイソドシンクはそれに気付いているのかいないのか、まったく回避行動を取ろうとしない。
クロナの光矢のように超光速ではないものの、それでも超音速の弾丸である。
すぐさま射出地点からアイソドシンクに距離を詰め、そして。
アイソドシンクの皮膚に触れる直前で、その軌道を曲げた。
二発とも、である。故にアイソドシンクは無傷で、弾丸を放ったシロームは唖然としている。
「どして!?」
少しの間を置いてそう叫んだ。
シロームは起きたことが理解できていなかった。
「簡単なことですよ」
涼しい顔でアイソドシンクは言う。
「『狙いは正確なのに当たらない』、という矛盾を引き起こしたんです」
「それずるくないっ!?」
「矛盾にずるも何もありません。あなたにとって私は相性の悪い相手でしたね」
「シンクと相性の良い相手なんて居ないでしょ……」
「そうでしょうか? 蒼くんの傍はとても居心地が良いですが」
「蒼くん……? 誰?」
「干渉者であり、私のパートナーです」
アイソドシンクの純粋な言葉に、シロームの顔が怪訝な表情に変わる。
「干渉者……人間てことか。パートナーって……もしかして、同質化したの?」
「そうです」
それは簡潔な答えだった。
にも関わらず、シロームにはどうしても理解できない。
その“出来事”がではない。
その“感情”が分からなかった。
「ねぇ、どうして?」
「はい?」
「なんでシンクも、クロちゃんも、人間と関わろうとするの? だって、そんなの私達核神には必要のないことでしょ?」
「そうですね、必要なことではありません。ですが、“必要なこと”と“大切なこと”はイコールではないんです」
「なにそれ…………ぜんぜん、全然わっかんない……」
悲しさでもなく、悔しさでも寂しさでもない、だがしかしそれに近く形容しがたい感情が心に芽生え、シロームは空中にしゃがみ込んで顔を伏せてしまった。
「分からないのは、分かります」
「……………」
シロームには、アイソドシンクの言わんとすることが分からなかった。
「私も、まさか人間とこんなに深く関わるとは思っていませんでした」
その言葉に、シロームは顔を上げた。
「そもそも関わるつもりがありませんでしたし、人間がどういう生き物かも分かっていませんでした」
「じゃあ、なんで……」
なんで同質化なんてしたんだ。
と、シロームは糾弾したい気持ちだった。
「動かされたんです。心を」
「心……。そんなものあるの? 核神に」
「さあ。あるのかもしれませんし、無いのかもしれません。全ての可能性は否定出来ませんから。でも私は――」
その目に迷いは無い。
「あると信じたいです。いえ、信じています」
アイソドシンクとは、このような核神だっただろうか――と、シロームは不思議に思う。
シロームの持つ《矛盾》の核神のイメージといえば、とりあえず覇気がなく、何を考えているか分からず、どこを見ているの分からず、ただひたすらに淡々と自分の役割をこなす。
そんな核神だった。
こんな風に、自分の意思を口にするなどということは、かつて無かったのではないだろうか。
変化、したというのか。
時の流れとともに。
だがそれは、あってはならないことではないのか。
核神の性格が変わるということは、概念の性質が変わることと同義である。
つまりは、世界が変わってしまう可能性を孕んでいるということだ。
ならば。
なんで天意は、それを禁じない?
シロームは頭をひねる。
世界は、変わっても良いということか?
いやむしろ、天意は世界の変革を望んでいる、とか。
だから干渉者という人間が存在し、核神に影響与えられるのだとしたら――それが干渉者の役割なのだと考えれば、腑に落ちる。
人間とは、干渉者とはなんだ。
天意は、何を考えている。
「シンク――私をその干渉者に会わせて」
気付けばシロームは、そう口走っていた。
確かめなければならない――と、そう思ったのだ。
干渉者の是非を。
世界が変わることの善悪を。
天意の真意を。
「抗わないのですか?」
「いいよ。おとなしく捕まるから、その代わりにその『蒼くん』に会わせて」
アイソドシンクはシロームの真っ直ぐな目を見据える。
そして。
「分かりました。ただし」
何を言われるのかと、シロームは身体を強張らせる。
「取らないでくださいね?」
「取らないよ!」
シロームはアイソドシンクのあまりの変わりように辟易することになった。
しかし彼女はまだ気付いていない。
自分自身も、もう既に変わり始めているということに。




