第50話 光陰
「光の矢をただ放つだけでは、私は落とせませんよ。クロナ」
レクシアの鎮圧宣言から、レクシアとクロナ、アイソドシンクとシロームのそれぞれのペアは互いの戦闘が影響し合わないように距離を取った。
その直後から、レクシアは間髪入れないクロナの射光を受けていたのだが、余裕の表情でその全てを手に持つ刀で弾いていた。
「天鏡壁」
「くっ……!」
レクシアが呟きと共に左手を翳すと、瞬間的にそこに巨大な壁が現れた。その壁面は鏡になっており、クロナが無造作に放っていた光矢が三本当たり反射した。
クロナに矢が迫る。
だがクロナは動じない。
「アクセラレーション――ハンドレッド」
クロナが人間には聞き取れないレベルの超早口でそう唱えると、クロナの動きが急激に加速した。
自分の矢を余裕で避けたかと思うとそのままレクシアの背後に回り、もう一度光矢を放つ。
それに対して流石の反応速度で振り返ることなく的確に、レクシアは背中に刀を回すだけで光矢を防いだ。
因みに、レクシアが鏡を出現させてからここまでで一秒経っていない。
振り向き様に。
「嵐刃舞踏」
と唱えながらレクシアは、左斜め上から右斜め下に斬り下ろす。
その軌跡から風が生まれそれはやがて半径三メートル程に凝縮された嵐となって、クロナへと襲いかかる。
その範囲の縦横無尽な風の軌道の一つ一つが刃となって、クロナの綺麗な身体に傷を刻まんとする。
が、気付けばその範囲からとうに抜けていたクロナはレクシアの真上から光の三連射。
その不意打ちをも一薙ぎにされ、クロナの表情は険しくなる。
「アクセラレーション――サウザンド」
《時間》は更なる加速を見せる。
反応速度では勝るレクシアも今度こそはその軌道を目で追うのがやっとだった。
「瞬転射光」
その言葉がレクシアの耳に届いたと同時に、一本目の光矢がレクシアの右こめかみに迫る。
微かな風圧を感じ取ったレクシアはどうにかそれを刀で防いだが、矢はそれだけでは止まなかった。
鳩尾、うなじ、脇腹、手首、踵、ふくらはぎ、肩、眉間、おとがい、鎖骨、くるぶし、耳、喉、へそ、二の腕、爪先、瞼、丹田、胸――と。
レクシアの身体のありとあらゆる箇所に一瞬毎に、光矢が撃ち込まれてくる。
それをレクシアも最初の内は超人的な反射神経と運動能力で避けたり弾いたりしていたが、それが長く続いてくると次第に表情から余裕が消えてきた。
「流石に手数が多いですね……ならば――」
避けながらも、刀を持っていない左手に意識を集中し。
「顕現乖離・影打」
そう発するや否や、レクシアの左手に刀が現れる。それは右手の【唯刀・顕現乖離】と瓜二つの代物だった。
顕現乖離・影打。
真打に対しての影打。
本来刀において、刀匠が同じ刀を数本打ち、その中で出来の良いものを真打、それ以外を影打と呼ぶ。
実際のところ、神装である【唯刀・顕現乖離】に真打も影打も無い。だがレクシアの行使権限である【万象保持】は存在する意思のある全てのものを存在させることが出来る。
有機物がその意思を持つのは生まれた時。
そして無機物がその意思を宿すのは、存在を望まれた時である。
故にレクシアが存在を望んだ時、その意思に呼応し、炎の渦も光の爆弾も蒼い斬撃波も。
一つの例外もなく具現するのだった。
そう、例外もなく。
二振り目の、【唯刀・顕現乖離】さえも。
初めて目にするレクシアのその技に、高速で移動しながら矢を射掛けるクロナも驚愕を隠せずに、光矢の軌道が少し乱れた。
「それで私を封じたつもりでしたら、甘いです!」
二刀を得たレクシアは、防戦一方だった状況を打開するべく両腕を絶え間なく動かす。
次々と襲い来る光の矢を、二振りの刀の刀身で弾いていく。
反撃を匂わせてはいたが、レクシアは結局のところ身動きが取れない――とクロナは状況を判じたが、しかしそれは大きな間違いだった。
認識を、誤っていた。
「っ!?」
次の矢を射掛けようとしたクロナのその眼前に、数瞬前に自らが放った光矢が迫っていた。
間一髪でそれを回避し、どうにか次の矢を放つ。
どうやらレクシアの弾いた矢の一本が偶然流れてきたようだ。
と、攻撃を続けながらクロナは思ったが、しかしその考えは長くは続かなかった。
次、その次、また次。
そうやって光矢を射ようとする度に、クロナの居る位置に何本か前に放った矢が飛来するのだ。
次第に、クロナの射光はその頻度を明らかに落としていった。
そして。
「どうしました? クロナ」
クロナは、はっとした。
目の前に冷たい氷のような、レクシアの顔があったからだ。
そこでようやく、クロナは気付く。
――レクシアは身動きが取れないのではなく、身動きを取らずとも反撃することが出来たのだ、と。
レクシアは、クロナの放った光矢をただ回避する為に弾いていたのではなかった。ランダムな位置から矢を射ていたつもりだったクロナの攻撃が無意識下にパターン化していることに気付き、次にクロナが出現する位置をタイミングで感知しそこに矢を返したのだ。
クロナがそのことに気付いた時には、もう遅い。
直後、クロナの身体は持ち主の意思に関係なく、急降下を始めた。
衝撃が脳に伝わったのは、どうにか空を蹴って体勢を立て直してからだった。
腕がジンジンする。
どうやら反射的にしたガードが間に合ったらしい。
レクシアが放ったのは、ただの踵落としだった。
とはいえ狙いは脳天だったので、直撃していればクロナは戦闘不能に陥っていたかもしれないが。
クロナが先程まで居た上空を見上げると、何故か追撃をして来なかったレクシアが見下ろしていた。
「クロナ、もう降参してはどうですか?」
険しい顔のクロナに、レクシアが問いかける。
「何を、馬鹿なことを……聡明なレクシア様らしくないですね」
降参なんてできない。あの子の為にも。
クロナの心には今、ただそれだけしかなかった。
「らしくないのはお互い様でしょう? 前までのあなたは優秀な核神だったように思いますが。秩序を守り、世界を守り、天意を守る。他の核神の模範的な存在だったあなたがこのような事態を引き起こすなんて、私としては意外でなりません」
「それは……他にすることが……したいことが無かったからです」
「それはつまり、今は核神として役割の他に、したいことがあるということですか?」
「そう、です。思えば私は、ずっとそれ探していたような気がします」
“やるべきこと”ではなく。
“やりたいこと”を。
「そうですか」
レクシアは肩を落とし溜め息を吐いた。
「どうにも最近、核神の秩序が乱れているようですね……まあ、長く“時”が経てばそういうこともあるのかもしれませんが。皮肉なものですね、あなたがしっかり役割を果たした結果がこういうことになるのですから」
「レクシア様……私達核神は、自分の望みを叶えてはいけないのでしょうか……」
レクシアは一つも迷うことなく、即答する。
「当たり前です。世界を滞りなく運営する為に私達がいるのです。それ以外の存在理由などありません。つまりは、当たり前に思えることこそが真理なのです」
「そう、ですか。いえ、そうですよね」
クロナの瞳に覇気が戻ったことに、レクシアは気付いた。
故に、クロナが真上に弓を構えると同時にレクシアも二刀を構え。
「砲連射光」
クロナからレクシアへの一直線の軌道上を、まるで魚群のような無数の光矢が貫き始めたその瞬間に、レクシアも空を斬った――。




