第48話 曇天に告ぐ
「どうして分かってくれないの! クロちゃん!!」
空色の髪を揺らす少女の姿をした《空間》の核神――シロームは、今は灰色の空にその声を響かせた。
それと同時に彼女の両手にそれぞれ握られた純白の銃が咆哮をあげた。
しかしその銃口から弾丸は射出されず、代わりに相対する長い桜色の髪を持つ核神――クロナの背後の空間が一瞬 捩れたかと思うと、すぐに元に戻った。
刹那の風切り音を聞き逃さなかったクロナは無駄のない動きで背後から迫っていた不可視の弾丸を回避する。
「分からないのはシロ、あんたの方よ!」
返し言葉と一緒に、クロナは左手に持った弓を構え、その弦を矢をつがえずに引き絞る。
すると弦を引く指と弓の中心を線で結ぶように、凝縮された光が矢の形を成し始める。
光の粒が寄り集まり、それが完全な形をとったその瞬間、右手で摘まんでいた弦を解き放つ。
超光速。
故にこれも不可視の矢を、だがしかしシロームはその軌道を先読みして紙一重にかわす。
「シロは、これまで通りクロちゃんと一緒に居たいだけなの!」
「私はこのまま何も変わらないなんて嫌なの! だって時間は止まらずに流れてるんだから!」
「どうして!? シロ達は核神なんだから変わる必要なんてないんだよ!」
「核神とかそんなのは関係ない! 他でもない私が嫌なの!」
「そんなの我が儘だよ! シロ達が変わったら世界が壊れちゃうかもしれないんだよ!?」
「それでも……!」
会話の応酬はそこで途切れた。
それと同時に間断なく続いていた弾丸と矢の交差も止む。
「それでも私は、あの子を助けたいの。分かってよ、シロ……」
「クロちゃん……」
その時。
中空に浮遊する二体の間を、青く光る斬撃が通り抜け、クロナとシローム反射的に後ずさった。
そうして出来た《時間》と《空間》の間に、二つの影が表れる。
「そこまでです。クロナ、シローム」
凛と。
クロナの方を向いたその美少女――に見える《存在》の核神は冷気を伴った声を発した。
「レクシア様……」
クロナが呟いた。
レクシアの服装は先程まで着ていた白いワンピースではなく、優美な装飾の施された深海色のロングスカートの着物に銀色の軽装鎧に変わっていた。これがいわゆる戦闘服なのだろう。
「核神同士で争うことは世界の秩序を乱しかねません」
静かにそう言ったのは、レクシアと背中合わせにして立つ《矛盾》の核神――アイソドシンクだった。
彼女こそがつい先日、まさに今背中を預けているレクシアと闘争を繰り広げていたのだが、どうやら自分のことは棚に上げる主義らしい。
「シンク……」
今度はシロームが呟く。
「どうしてここに居るのですか?」
クロナの問いに、レクシアは真っ直ぐに相手の目を見ながら答える。
「世界の存続を揺るがしかねない異常事態が起きていると知れば、核神として駆けつけないわけにはいきません」
「……そうですよね、レクシア様なら。ですが、これは私とシロの問題です。放っておいてはくれませんか?」
「不可能ですね」
「はあ……そうですよね。そんな適当な方だったら私もシロも慕ってないですし。けど、今の私には譲れないものがあるんです」
そう言ったクロナは、弓を構え弦を引いた。
その射線上には《存在》、《矛盾》、《空間》の三体の核神が並んでいる。
「私に弓を引くというのですか、クロナ」
「ええ。もう、覚悟は出来ています」
「良いでしょう。では、あなたの覚悟を試してあげましょう」
レクシアが腰の左側に下がっている刀に手を掛けた、その瞬間。
きんっ。
と甲高い音が鳴った。
レクシアは既にその刀――【唯刀・顕現乖離】を抜き放ち、それと同時に居合いの如く空を“斬り終えて”いた。
「流石の反応速度ですね、レクシア様。私の射光を斬るなんて」
「斬ったのではありません。刀身に反射させ霧散させたのです。光は斬れませんからね」
いつの間にか弦を指から解放していたクロナを、レクシアは睨み付ける。
「さて、今度はこっちから行きますよ。クロナ」
声音と言葉こそ冷静そのもののレクシアだったが、クロナはひしひしと伝わってくる怒気に気付き冷や汗を滲ませる。
「アイソドシンク」
「なんですか、シア」
「あなたはシロームを捕縛しておいてください」
「分かりました」
頷くアイソドシンクを見て、今まで黙って様子を窺っていたシロームは慌てふためく。
「え、えっ? 私もですか、シア様!?」
嘆きに近いそれに、レクシアはクロナから目を離さずに答える。
「喧嘩両成敗という言葉があるんです、この日本には」
「そんな! 私はクロちゃんを止めようと……!」
「事情は知りません。ので、二人とも拘束して聞かせてもらいます」
有無を言わせず、といった雰囲気のレクシアに、シロームは諦めて覚悟を決めた。
だが捕まえられるわけにはいかない。
もし自分だけが捕まってしまったら、誰が
クロちゃんを止められるのか――そう考えたシロームも、アイソドシンクに向けて二つの銃口を向ける。
「それでは」
レクシアが告げる。
「鎮圧開始です」




