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矛盾だらけのアイソドシンク ―The World of Paradox―  作者: 天崎澄
第二章 時間乱流編
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第47話 危険因子

 本当にあっという間に、屋上に出る扉へ到着した。


 レクシア曰く、核神(コンセプター)の反応はこの先にあるらしい。



「行くぞ」



 ドアノブに手を掛けた蒼汰が核神二体の顔を見ると、二体は同時に頷いた。


 そして、蒼汰が思った以上に呆気なく、ドアは開いた。


 蒼汰が先頭で踏み出すと、そこには異常な光景が広がっていた。

 この病院に入る前には気付かなかったが。



「雨が、止まってる……」



 蒼汰のその呟き通り。

 降っていたであろう雨粒が、全て空中で停止していた。



「時間が止まっているのだから当たり前です! それよりあれを!」



 この状況に驚愕しないのは流石核神といったところか、レクシアは屋上の更に上空を指し示した。


 それは蒼汰にもハッキリと見えた。だが、にもかかわらず何が起きているのかが判然としない。


 それは、人知を越えていた。



「あれは、核神(コンセプター)か……?」



「ええ、《時間》と《空間》の核神、クロナとシロームです」



 レクシアが冷静に答えた。


 上空では、二体の核神が向かい合っている――かと思えば、すぐにその位置関係は変動してしまった。

 二体とも激しく動き回り、まるでお互いを攻撃しているようにも見えるが、その“攻撃自体”が見えない。


 桜色の長い髪を振り乱しながら宙を舞う核神は弓をつがえ。


 空色のショートヘアを風に靡かせ身を翻す核神は真白な二丁拳銃の引き金を引く。


 だが。


 つがえるモーションはあれどそこに矢は無く。


 銃声はあれど銃口から弾丸は弾けない。



「なに、してんだあれ?」



 蒼汰のその純粋な疑問に、今度はアイソドシンクが答える。



「蒼くん、見えないだけで、今あの場所は死地です」



「へ?」



「ピンクの髪の核神――クロナの持つあの弓型の神装(オブジェ)。名を【流弓・閃光残影(せんこうざんえい)】。あれは引き絞った弦と弓との間の光を凝縮して矢と成し、それを射出するものです。その速度は、光を弦で弾くのですから、当然光速をゆうに超えます」



「光速を超える……」



「ちなみ光速とは真空中にして、二億九千九百七十九万二千四百五十八メートル毎秒、です」



「ん? えーと……」



 蒼汰の頭の中で数字が渦を巻いていた。



「秒速にしておよそ三十万キロメートル、つまり地球を七周半くらいです」



「うん……詳しい説明してくれてありがたいんだけど、それでも今一ピンと来ないなぁ……」



「ですか……」



 アイソドシンクは無表情だが、どこか気を落としているようにも見える。



「あ、でも要するに速すぎて見えないってことだよな。それは分かったよ。シンク、ありがとな」



「いえ、なら良かったです」



 白い核神の肩が少しだけ上がったのを見て、やれやれといった感じでレクシアが口を開く。



「一方、スカイブルーの髪の核神――シロームの持つあの大きな一対の銃ですが、あれは【覇銃・天地統治(てんちとうち)】。その場の空間を削り取って弾丸にし、狙ったポイント“から”射出することが出来るんです」



「狙ったポイントから?」



「はい、ありとあらゆる座標から相手を狙い撃つことが出来ます」



「反則臭いなぁ……」



「そうですか? まあ、人間からすればそうなのでしょうか」



「で、その弾丸も見えないってことは超光速なわけ?」



「いえ、あれは速すぎて見えないのではありません。弾丸自体がそもそも姿形のない“空間”であるが故に視認出来ないのです。弾速はマッハ100の超音速で、秒速にするとおよそ三十四キロメートル程度です。クロナの閃光残影に比べると速度はかなり落ちます」



「なるほど、じゃあ大したことねーな……ってならねーよ! 確かに数字出して比較されると大分遅くなってる気はするけど、人間からしたら一秒で三十四キロって充分速すぎるから!」



「その上銃は二丁あるので、必然的に手数は二倍になります」



「うわあ……そうなってくると、もうどっちもどっちだな……」



 蒼汰は頭が痛くなりそうだった。



「で、今あそこにはその矢だとか銃弾が飛び交っているって?」



 そんなの一瞬で……いや半瞬で死ぬじゃん――と蒼汰は肝を冷やす。



「私とシアであの二体を止めてきます」



 蒼汰は反射的にアイソドシンクの方を見る。



「え、危ないんじゃ……」



「いえ、あれらを避けること自体は簡単なので、まあ大丈夫かと」



 蒼汰としては正気を疑うところではあるが、核神であるアイソドシンクとレクシアからすれば、それはなんということもない当然のようなことだった。



「蒼くんは、あの少女と話を付けてください」



 あの少女?

 と頭上に疑問符を浮かべながら、蒼汰はアイソドシンクの目線の先を見る。すると。



「あれは……昨日の……」



 少し離れた場所から蒼汰と核神達の様子を窺っていたのは、蒼汰が昨日止まった世界の中で遭遇した少女――音織楸だった。



「時間を止めているのは恐らく彼女です」



 恐らく、と言いながらもアイソドシンクのその言葉には確信が込められていた。



「え、《時間》の核神が止めてるんじゃないのか?」



「忘れたのですか、葵蒼汰。核神は、“普通の人間”には干渉できないんです」



「ああ……そう、だよな?」



 ここに来ても蒼汰は酷く鈍感だった。

 レクシアの言っていることは覚えていたし理解はできるが、それが今の状況とどう繋がるのかが分からない。



「蒼くん、つまりはですね、もし《時間》の核神が行使権限を使ったとしても、それで人間に影響を与えることはできないんです。そもそも行使権限を使用するというのは、核神という立場からすれば言わば職権濫用なんです。

 世界の運営の一端を担う身として、みだりにそれを行うものではありません。

 故に、行使権限を使用した場合それは全て天意(オラクル)によって、虚構の空間である拡張現実(アナザーリアル)で起きたこととして処理されます。

 なので、そもそも拡張現実に立ち入ることのできない“普通の人間”が行使権限の影響を受けることはあり得ないのです」



「ふーん……あれ、でもさっき人も止まってたよな?」



「です。ですから、この現象は“同質化した干渉者”が引き起こしたものでしかあり得ません」



「同質化した干渉者……って、俺のこと?」



「そうなります。蒼くんもですが、“同質化した干渉者”は核神と同等の力を持つ人間、ということです。つまり、核神の力を使える上に他の人間にも干渉することができるんです」



「だから、危険なのです」



 アイソドシンクの説明に、レクシアが真剣な面持ちで付け加える。



「世界を変えてしまいかねませんから」



 それを聞いてようやく蒼汰は、レクシアが自分を監視する理由を理解した。



「同質化した干渉者の使う行使権限は、見ての通り人間に作用します。ですので蒼くん、彼女を止めてください」



 それが上手く行くかどうかは分からないが。



「分かった、やってみる」



 分からなければやってみればいい、というのが蒼汰の主義だった。



「ではアイソドシンク、行きますよ」



「はい」



 そして二体の核神は、止まった雨粒を弾きながら飛翔していく。

 それを見送ってから蒼汰も、ずっと自分達の方を見ていた少女に向かって、歩き出した。




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