第46話 無重力体質
「どうしてこんなに長いのですか!?」
階段を早足で上っていく一人と二体。
手を繋いでいて傍目には仲良さげに見えるが、それを観測出来る人間が周囲には居なかった。
その中の長い黒髪を横縛りにした美少女が口にした不満に対して少年は、さもありなんといった感じで言う。
「まあ……外から見た感じビルだったもんなぁ」
今蒼汰達の居るこの病院は県内でも五本の指に入る大病院で、地下一階から十階までの間に様々な診療科目を受診できるようになっている。
などということは、ここに居る一人と二体はつゆほども知らないが。
「なあシンク、気になることあるんだけど」
「なんですか、蒼くん」
「いや、『核神は他の核神による行使権限の影響を受けない』って言ったよな?」
「ええ、はい」
「でもさ、お前レクシアの……なんだっけ、あの青い斬撃飛ばす技……」
「蒼凰裂閃のことですか?」
二人の会話を聞いていたレクシアが口を挟んだ。
「ああ、そうそう、それ。あれに斬られてたよな? あれって行使権限じゃないのか?」
「あ、分かりました」
アイソドシンクは急に頷いた。
「なにが?」
「蒼くんの疑問が、です」
そしてアイソドシンクは、歩きながら説明を始めた。
「結論から言うと、核神は他の核神による行使権限に影響を受けないわけではありません」
「え?」
「ただし“直接的な影響”は一切受けません。天意によってそう定められています」
「直接的な?」
「はい、つまり“間接的な影響”は受けるということです。例を挙げると、レクシアの放った蒼凰裂閃ですが、あれは行使権限があの斬撃自体に作用しているんです。
レクシアの行使権限【万象保持】で『飛行する斬撃波』を存在させて私に向けて飛ばしたんです。なので行使権限に直接影響を受けているのは斬撃波であって、それに当たった私は間接的に影響を受けたと言えます。ここまでは大丈夫ですか?」
少しだけ間を置いてから。
「うん、理解した」
「では続けます。そして今、この周辺の空間に作用している、時間の流れを操る行使権限はそのまま《時間》の核神のものでしょう。
【速度変化】というこれは指定した範囲全域に効果をもたらすものですが、核神であればその中に居たとしても影響を受けません。
何故かといえば、そうです。効果が直接的なものだからです。
この場合の間接的な影響の例を挙げると、射出した弾丸の時間を加速させて不可視の一撃を与える、とかでしょうか」
「ふむふむなるほど……」
「本当に理解しているのですか?」
レクシアは蒼汰に疑いの目を向ける。
「んー、まあ大体は……」
つくづく嘘の苦手な男である。
「しかし、本当に階段長いなぁ……」
「まったく、人間はどうしてこう建造物を縦に伸ばしたがるのですか!」
「んー、まあスペースの有効利用かなぁ。あ! もしかしてエレベーターあるんじゃないか?」
蒼汰としては自信のある閃きだったが。
「それはまあ病院ですから、患者の移動の為にもエレベーターはあるでしょうが、この時間が止まっている中で使えると思いますか?」
「ああ、そっか……」
「それにしても、階段などという脚の筋力を鍛える為にあるようなものを昇降に使うなんて、人間の身体というのは本当に不便ですね」
「ん、あれ?」
レクシアの嘆きを聞いて、今度こそ蒼汰はある単純なことを思いついた。
いや、思い出したというべきか。
「なぁ……」
「なんですか?」
少し不機嫌にレクシアが応える。
「お前らってさ、飛べるんじゃないの?」
「それは飛べますよ、概念なんですから。普通の生き物と違って重力に支配されたりはしません」
「じゃあ、飛んだらいいんじゃね?」
「「あ」」
アイソドシンクとレクシアは同時に口を開けた。
「いえ、蒼くんを差し置いて私たちだけ飛ぶわけにはいかないので……」
「いや、別に俺相手にへりくだらなくていいから……。レクシアも、普通に飛んでくれていいよ」
「そ、そうですか? いえ別に自分が飛べるということを失念していたわけではないんですよ。アイソドシンクが飛ばないから、ここは人間界で培った『協調性』というものを発揮してみただけで、決して忘れていたわけではないんです!」
「お、おう、分かった」
レクシアが自分の飛行能力を忘れていたということが分かった。必死すぎて。
「では、飛びますよ、アイソドシンク」
「しかし蒼くんが……」
「何を言っているのですか、あなたと私で両側から支えればいい話でしょう。それが嫌なら前みたいにあなたの能力で葵蒼汰に飛行能力を与えればいいのです」
「ああ、なるほどです。ではここはエコで、前者で行きましょう」
「了解です。では葵蒼汰、しっかり掴まっていてくださいね」
「へ?」
蒼汰抜きで話がまとまったことに、蒼汰は今ようやく気付いた。
「蒼くん、振り落としてしまったらすみません」
「そこはもうちょっと敬ってくれ!」
「つべこべ言わず、最上階までひとっ飛びです!」
「うわぁあああ!」
核神二体に続いて蒼汰の足が浮き、悲鳴が院内にこだまする。
病院内では静かにするのが当然のマナーであるが、それは時間が正しく動いていればの話である。




