第44話 上昇試行
「まあ、この状況を打開する策はあります、普通に」
特に焦らすこともなくアイソドシンクはそう言った。
そんな彼女の服と身体も、まだ多少湿り気を帯びてはいるものの、大分乾いてきたようだ。
「というのは?」
レクシアが真面目な顔で問う。
「私の行使権限で、ズレに順応してしまえばいいかと。私達は核神であるがゆえに他の核神の行使権限に直接的には影響されません。だから空間がずれても私達はずれず、階段を踏み外してしまいます。ですが、『核神であっても他の核神の行使権限に影響される』ようになれば、階段がずれた時に私達の身体も一緒にずれるので、安全に上れるはずです」
アイソドシンクの行使権限、《現象否定》を使えば、自身の存在力と引き換えにありとあらゆる矛盾引き起こすことができる。
それを便利に使おうという算段らしい。
「なるほど……。あの、ちょっと気になることが」
「なんですか、蒼くん」
「俺、核神じゃないんだけど……?」
「蒼くんの場合は私と同質化しているので、その点は同列の扱いになっています」
「ああ、そういうことか……」
葵蒼汰は未だ、アイソドシンクと同質化した結果自分がどの程度の力を有しているのかを理解していない。
せいぜいアイソドシンクの能力を少し使えるただの人間、くらいの認識だった。
「しかしそれは、私には使えませんね」
「なぜです?」
レクシアの断定的な物言いに、アイソドシンクは首を傾げた。
「なぜって……さっきあなたも言ったではないですか、『私達核神は他の核神の行使権限に影響されない』と。葵蒼汰はあなたと同質化しているから《矛盾》という扱いで、その効果が適応されるかもしれませんが、私はそもそも《存在》なのです。つまり、私にはあなたの行使権限が効かない、ということです」
レクシアの語った理屈に疑問を覚えた蒼汰が口を開く。
「え、でもさっきシンクに服乾かしてもらったよな?」
「あれは行使権限の対象が私ではなく、私の服だったからです。その証拠に、私の髪はまだ湿っています」
その言葉に蒼汰がレクシアの綺麗な黒髪を見てみると、確かに多少の水気を帯びていた。
「問題ありません」
それでもアイソドシンクはそう言った。
「どういうことですか?」
アイソドシンクが何を根拠にそう言っているのかが、レクシアには全く分からなかった。
逆にアイソドシンクは自分の考えに確信を持っているようで、その理由を当然のように述べる。
「ですから、『核神であっても他の核神の行使権限に影響される』ようにするのですから、シアも私の行使権限に影響されるはずです」
「………………」
レクシアは唖然として言葉を失った。
その傍らの蒼汰は、アイソドシンクが言ったことの意味を理解しようと頭を捻っている。
「アイソドシンク、あなたは本当にその理屈が通ると思いますか?」
「はい。全ての可能性は否定できませんので」
「……………なるほど、いいでしょう。試してみる価値はあります。しかし、その理屈だとこの停止している時間にも影響を受けてしまうのではないですか?」
「そこは考えています。《時間》だけを効果の対象から外せば、上手くいくはずです」
「そんなに都合よくいくでしょうか……」
「大丈夫です。全ての可能性は――」
「それはもう分かりました! そこまで言うなら、さっさとやってください」
もうどうとでもなれ、といった感じのレクシアの言葉に、アイソドシンクは静かに頷いた。
「ここから先、どんな事態に遭遇するか分かりませんし、なるべく無駄な消耗は避けた方いいと思います。なので、ここはエコで行きましょう」
「「エコ?」」
この場におけるエコロジーというのがどういうことか分からなかった蒼汰とレクシアは、声を揃え、そして顔を見合わせた。
「蒼くん、私の手を握ってくれますか?」
「えっと……………こう?」
普段女の子の手を握ることの少ない蒼汰はちょっと戸惑ったが、それでも必要なことなのだと思い直してアイソドシンクの左手と自分の右手を繋いだ。
「大丈夫です。そして、シアとも手を繋いでください」
「は?」
その声はレクシアのものだった。
「な、なぜ私が葵蒼汰と手を繋ぐ必要があるのですか?」
なぜかすがるような目で、レクシアはアイソドシンクを見ていた。
「通常、私とシアと蒼くんの全員に行使権限の効果を持たせるにはそれぞれに対して一回で、計三回の出力が必要になります。が、こうして私達が物理的に連結し一つの集合体として扱うことで、まとめて一回の出力で済むんです。お得です」
「なるほど、ネットショッピングもまとめて買えば送料一回分で済む、みたいなもんか」
「その人間的過ぎる例えはよく分かりませんが、でしたら別に葵蒼汰と私でなくとも、アイソドシンクと私が繋げばよいのではないですか? もう片方の手が空いているのですから……」
そう言われて、アイソドシンクは空いている右手を一瞥するが、しかし。
「こっちの手は権限を行使するのに使うんです。それより、蒼くんと手を繋ぐことになにか問題があるのですか?」
よりによって、《矛盾》の核神は無邪気である。
「い、いや、それは……」
「女の子にそんな嫌がられると流石の俺も凹むなぁ……」
珍しくはっきりとしないレクシアの隣で、蒼汰はがっくり肩を落とした。
「別に嫌というわけではなくて……。ああもう! 分かりました、私の手首を掴んでください、初めて会ったときみたいに」
レクシアは中半やけくそ気味に右腕を蒼汰の前に突き出した。
初めて会ったときと聞いて、ああ、そういえばレクシアの腕を掴んでチンピラから逃げたっけ――と蒼汰はようやく思い出した。
まだあれから二、三週間しか経ってないのにもう既に懐かしい感じがするのは、過ごした時間の濃度が高かったからかもしれない。
「おーけー分かった」
言われた通りに左手でレクシアの手首を掴む、が。
「ひゃんっ…………あの、もっと優しくしてくれませんか?」
「可愛い……」
レクシアの女子らしいリアクションに、蒼汰はついつい本音が漏れてしまった。
「う、五月蠅いです! 早く手を緩めてください!」
照れ隠しなのか頬を膨らませてレクシアが怒る。
蒼汰が『分かった分かったごめんごめん』と言いながら握り方を直したのを確認したアイソドシンクは、ここでようやく自分の胸に手を翳す。
そして唱える。
「時間除外、超過干渉」
視覚的には何も変化はない。
いや、あった。
さっきまで不定期にブレていた階段の位置が、微動だにしなくなっていた。
「おお、本当に動かなくなった」
「まあ厳密には、私達も空間と一緒に動いているから空間の動きを感じないということですが」
「ふむ、つまりは地球上で暮らしてるから地球が自転していることに気付かない、ってことか」
「あんな理屈が本当に通るなんて……」
自身が他の核神による行使権限の影響を受けていることを確かに感じて、レクシアは驚きを隠せなかった。
「まあ成功したなら細かいことはいいです。早く上に行きますよ!」
やたらと急ぐレクシアを不思議に思いながら、蒼汰は階段の一段目に足を掛けるのだった――。
いつもありがとうございます。
以前からtwitterをやらせていただいておりますが、それに加えラインブログも開設させていただきました。
どちらも同名義ですので、興味のある方おりましたら、どうぞそちらもよろしくお願いします。
では、蒼葉綴でした。




