緋話:焦燥
この話は特定の登場人物の心境を描いた間話となります。
ですので読まなくともストーリーは解る仕様になっていますが、読んでいただけた方がより楽しむことが出来るのではないかなー、と思います。
というか是非とも読んでください。よろしくお願いいたします。
今後このような形でキャラクターの心情を綴れたらいいなと思っていますので、きっとまた差し挟むこともあるとは思いますが、その時はよろしくお願いします。
では、長々と失礼しました。
ちゃぽん。
湯船に肩まで浸かりながら、重力に耐えきれずに水道から落ちた一滴の雫が水面を叩くのを、私は苦々しく見つめていた。
迂闊だった。
さっきからその言葉ばかりが頭に響く。
湯気で白けた視界の中に、先程知り合ったばかりのやたらと綺麗な女性の顔が浮かんでくる。
あー……もう。
まさか、お兄ちゃんに自分から近付いてくる女性が居るなんて!
私は息を止めて程よい温度のお湯に頭を沈めた。
こうすると、世界が変わったみたいになる。
いつもと違う音がする。
水音。
落ち着く。
お兄ちゃんから近付いて行くのなら分かる。
それは仕方ないと諦めている。
幼稚園の時から交流がある白敷叶さん。
あの人はいい人だ。
優しいし、嫌味というものがない。
時折お兄ちゃんに変な視線を向けているのを見かけるけれど、あれは恋愛感情じゃない。
情愛のこもった視線というものはもっと熱いものだろう。
それに比べると、叶さんのはむしろ冷えているともいえる。
だから叶さんはいい。
最近になってお兄ちゃんが付きまとうようになった、えっと、確か名前は……。
そう、千散儚さん。
その人は会ったことはないけれど、お兄ちゃんの話を聞くとどうやらお兄ちゃんは嫌われているようだ。
じゃあ恋愛感情を持たれることもないはず。
だからいい、その人も。
問題は、あの……。
在神詩愛さん。
なに、あの人は?
どんな出会い方をしたのかは知らないけど、わざわざ家までお兄ちゃんを訪ねてきたのはあの人が初めてだ。
これは……由々しい。
あの人、口調こそはお兄ちゃんに厳しいけれど、他の人とは視線が違う。
ほんのり微熱、って気がする。
はあ。
いや分からないけど、怒気が熱いのかもしれないけど。
しかし問題なのはその詩愛さんの感情ではない。
あの人は、綺麗すぎる。
この世のものとは思えないくらいに。
そして何を隠そう、お兄ちゃんの好きなタイプのルックスだ、あれは。
はあ、あーあ……。
まずいなぁ。
ただの妹だもんね、私。
詩愛さんが簡単に踏み込めないように仲の良さをアピールしておいたけど、それもいつまで効果があるか分からないし……。
なにか、手を打たないと……。
はあ、お兄ちゃんにお兄ちゃん以上の存在になってもらうには、私はどうしたらいいんだろう。
………………。
無理な気しかしない……。
お兄ちゃんには、妹に手を出す勇気なんて、ないよなぁ……。
いや、それが普通なんだけどさ。
私がおかしいんだけどさ。
はー、うん、おかしいよ。
私、お兄ちゃんのことこんなに好きだったっけ。
わかんない。
ていうか、過去のことはどうでもいいの。
問題は、今好き過ぎるってことなんだよ。
お兄ちゃんの顔見てドキドキしちゃうとかさ……もうブラコンていうレベルじゃなくない?
ブラコンていう自覚はあった、これでも。
でもそれ以上とは思ってなかったんだよなぁ……。
はーあ。
いっそ、お兄ちゃんがお兄ちゃんてことを忘れちゃえれば楽なのに。
そしたらなんのしがらみもなく、お兄ちゃんに真っ直ぐ気持ちを向けられるのに。
人生上手くいかないなぁ。
ぷはあ。
さて、こうしている間にもあの二人の仲が進展しかねないし、そろそろ上がろっかな。
立ち上がると、湯船から付いてきたお湯達が私の身体を伝って元居た場所へ戻っていく。
自然、自分の裸体が目に入る。
うーん、この身体で迫ったら、お兄ちゃんの私を見る目も少しは変わったりするのかな。
なーんてね。




