第40話 本題までの険しい道程
玄関のドアを開けて中に入ると、どこか騒がしかった。
「ただいまー?」
と蒼汰が言っても反応はなく、その代わりダイニングの方から聞こえる誰かの声が大きくなったような気がして、蒼汰は首を傾げる。
靴を脱いで家に上がった蒼汰は真っ先にダイニングへのドアを開けた。
「あ、お兄ちゃんおかえり」
部屋の灯りと一緒に妹・緋奈の明るい声が聞こえてホッとするや否や、蒼汰は不思議な光景を目の当たりにしてフリーズした。
「おかえりなさい」
緋奈がエプロンをして料理しているのは、まあ分かる。
けど。
「なんでお前が居るんだ、レク――」
「詩愛、でお願いします」
そこには居るはずのないレクシアが居て、なぜか緋奈と共に料理をしていた。
あ、学校の外だけど緋奈が居るからってことか?
俺の言葉と繋がって結局『レクシア』になっちゃってるけど……。
いや怖い、レクシアさん、目は笑ってるけど顔が笑ってない。普通逆じゃないか?
そんなことを思いながら蒼汰は冷や汗をかいた。
「詩愛さん、お兄ちゃんを訪ねて来てくれたんだけどお兄ちゃん帰ってこなかったから、あがって待っててもらったの。そしたら夕飯の支度手伝ってくれてね」
状況の理解できていなかった蒼汰に、兄想いの妹が優しく説明してくれる。
蒼汰が妹の出来の良さに感動している、と。
「あ、そだ」
緋奈がなにかを思い出したように料理していた手を止め、手を洗って蒼汰の元へと駆け寄ってくる。
当の蒼汰とレクシアが何事かと見守っていると。
「え?」
「なっ!?」
ちゅっ、と。
緋奈は蒼汰の頬に口づけをした。
ちなみに、軽く驚いたのが蒼汰で、驚愕したのがレクシアだった。
「えへへ、おかえりのチュー。お兄ちゃん、これしないと拗ねちゃうもんね?」
「へ?」
今度こそ蒼汰は唖然だった。
いやいやいや、そんなのしてもらったことないし。
流石に兄妹でそういうのはどうかなーって、思うし。
いや、悪くはないよ?
まあ人目がなければありかなって気はする。
うーん、これを機に習慣化を検討してもいいのかもなぁ……。
そんなことをのんきに考えていると。
「あなた……あなたは、妹にそのようなことをさせていたのですか!?」
緋奈のスペアのエプロンドレスを身に付けているレクシアが激昂していた。
「え、いや、そういうわけじゃ……」
「してるじゃないですか! 実際に!」
そうだけど。
「いや今回が初めてで……」
「万引き犯はみんなそう言うんです!」
「どこから出てきた万引き犯……」
正直、蒼汰にはどうしてレクシアがそんなに怒っているのかが分からなかった。
確かに不健全かもしれないけれども、レクシアにとってそれがなにか不都合だろうか。
まあ、単にそういうのを見せつけられて不快なだけかもしれないが。
電車とかでイチャついてるカップルとか見ると、なんとも言えない気分になるもんなぁ。
蒼汰がレクシアをどう宥めるかを悩んでいると、この事件を引き起こしてくれた帳本人、緋奈が口を開いた。
「ごめんなさい詩愛さん、ついいつもの癖でお見苦しいものを見せてしまって……。お兄ちゃんにも悪気はないんです。それに詩愛さんへの配慮が足りなかったのは私の方だし……。お兄ちゃんは後で部屋でゆっくりするつもりだったのかもしれないのに」
「なぁ緋奈おま――」
「部屋で、ゆっくり、するんですか!? 葵蒼汰、あなたという人は!」
緋奈の言葉を否定しようとした蒼汰だったが、先にレクシアに存在を否定されてしまった。
いや、まだ存在しているわけだから、本当の意味で否定されてはいないのだろうが。
「あーもう……いやもうこの話はいいや。それより詩愛、夕飯の後で話があるから部屋に来てくれ」
世界が停止した件を相談するのに、レクシアが居るのはちょうどいいと思い蒼汰はそう言ったのだが。
「私をデザートにするつもりですか!? 私はしません!」
はぁ……と、蒼汰は溜め息を吐く。
この時ばかりは儚の気持ちがよく分かった。
なんでだかは知らないが、緋奈もレクシアもどこか様子がおかしいみたいだ。
* * *
「世界が止まった、ですか」
緋奈が作ったオムライスと、レクシアが作ったみそ汁というなんとも統一感のない夕食(ただし味はとても美味しい)を食べ終えて、片付けを三人で済ませると蒼汰は緋奈に入浴を勧めた。
兄の言うことには大体素直に従う緋奈は、せっせと湯船にお湯を張るとすぐに入浴を開始した。
そして蒼汰はレクシアを自室へ誘い、部屋で読書をしていたアイソドシンクと合流すると早速今日起きた出来事を話し始めた。
のだが。
「それよりも葵蒼汰、あなたはもう少し妹との関係性をですね……」
話はそう簡単には進まなそうだった。
「いやレクシアさん……今その話は置いといて……」
「置いておけますか! 兄妹間であのようなことをするなんてっ」
「シア、口を挟むようですみませんが、なにがそんなに問題なのですか?」
そう問うアイソドシンクは問題を軽視しているという訳ではなく、言葉の通り問題点が分からないようだった。
「えーとですね……この国では兄妹同士での恋愛は認められていないんです。ですから葵蒼汰と葵緋奈のスキンシップは不健全ではと……」
「しかし、『兄妹愛』という言葉があるのでは?」
「それは男女間の恋愛感情とは異なるものです。あくまで性愛に至らないまでの好意です。それをこの兄妹は逸脱しうると言ってるのです!」
「なるほどです。で、それがなにか問題なのですか?」
今度こそは問題を軽視していた。
「法に違反します」
本当のところ、兄妹同士の結婚が認められていないだけであって、好意も行為も特に禁止されている訳ではない。
蒼汰はそのことを知っていたのでレクシアの間違いに気付いてはいたが、今口を差し挟む勇気はなかった。
「私の個人的な意見を述べるようですが、人間の作った法が必ずしも正しいとは限らないかと。なにせ作った“人間”が不完全な生き物なのですから」
「それはそうですが……しかしモラルというものが……」
「シア、お言葉ですが――あなた、人間に寄りすぎてはいませんか?」
それに対してレクシアは、なにも言うことが出来なかった。
というのも、レクシアにとってアイソドシンクの言葉は図星でしかなかったからだ。
分かってはいた。
こと最近においては、葵蒼汰の監視の為に人間界の学校というものに通ってさえいるのだ。
価値観が、人間らしくなりつつあることを自覚してはいた。
しかし、まさかアイソドシンクに指摘されるほどとは……。
「シア?」
黙って俯くレクシアをアイソドシンクが覗き込む。
「確かに、核神としての物言いではありませんでした。ので、ここは一旦納めましょう。葵蒼汰、話を聞きます」
ようやくレクシアが話を聞く気になってくれたことに胸を撫で下ろす。
そして蒼汰は、今日遭遇した現象と、あの少女――音織楸について語るのだった。




