第36話 キ路
「あの……いつまで手を握っているのですか?」
ショッピングモールの一階から三階までを練り歩くことおよそ一時間半。
儚は最初からずっと気になっていたことを、ファンシーなグッズの並ぶ店に入るところでようやく切り出した。
「あー……」
唸る蒼汰にとっては、『ついに気付かれたか……』という感じだった。
だからまあ、最初から気付かれてはいたのだけれど。
「いや、ほら、人多いからはぐれないようにと思って」
「ああ、ちゃんと付いていくので大丈夫ですよ?」
「うーん……」
正直なところを言えば、儚のような可愛い女の子と手を繋いで歩いていたいというのが蒼汰の内心だったが、それを言うのは男としてどうなのかというところで悩んでいた。
「まあ別に手を握られていて困ることはないので、葵さんがそうしていたいと言うならいいんですけど。特にそういうわけではないのなら解放感が欲しいです」
「いや、握ってたい、お前の手」
直前の悩みなど一瞬で振り切ってしまえるほどに、葵蒼汰は自分の欲望に忠実な男だった。
「はあ、そう……ですか」
儚もそれ以上踏み込んではいけないと思ったのか、追究はしなかった。
「とりあえずこの店を見て回ろうぜ」
気恥ずかしさもあり、蒼汰は話題を逸らす意味でもそうしたかった。
儚としてもプレゼントを決めたいので異論はなく、店内の棚に注目し始める。
本屋、洋服屋、アクセサリーショップ、雑貨屋、楽器屋、休憩に喫茶店を挟んでようやくここ至った二人だが、今のところプレゼントにめぼしいものは見つかってはいなかった。
別に時間に余裕がないわけではないが、しらみ潰しに店を回ってきてこの結果だったので、そろそろ候補のひとつでも出てきて欲しいというのが二人に共通する心境であろう。
いかにも女子が好きそうな店だなー、と思いながら蒼汰が可愛いものの並ぶ棚を物色していると。
「あっ」
と急に儚が声をあげた。
「どうした?」
「あっちの方、なんか良さそうです」
ふわっとしたその物言いに、儚が指さす方を見てみると、基本的にピンキーな店内でなぜかその空間だけは黒を貴重にしたディスプレイがなされていた。
なんとなくゴスロリという言葉を思い浮かべた蒼汰だったが、ひとまずは儚に付き従って店の隅の方にあるその空間まで移動する。
「なんか、ダークだな……」
「そうですか?」
儚には蒼汰の感覚が分からないようだ。
「あっ」
「今度はどした?」
再び声をあげた儚は蒼汰の問いに答えるより先に、近くの棚に手を伸ばした。
果たして儚の掴んだものとは。
「いいですね、これ」
「そうか?」
儚が両手で持つそれは、ボーリングの玉くらいの大きさのぬいぐるみだった。
付いているタグに『ぐるぐるマミーシリーズ』と書かれているそれは、包帯でぐるぐる巻きにされたいわゆるミイラのようなドラゴン(?)を象っているらしい。
「なんだか独特だな」
目はつぶらで可愛らしいけど、と蒼汰は思う。
「いいです、これにします。お会計してきます」
恋は盲目、というのとは違うのだろうけれど、そんな雰囲気で儚は遠くに見えるレジに歩いて行こうとする。
「あ、おい! 犬とか猫とか、ハリネズミもあるぞ?」
「いえ、ドラゴンでいいです」
「あ、そう……」
そう言いながら珍しくご機嫌そうな儚を見ながら、『つくづく不思議な奴だな』と思う蒼汰だった。
* * *
「ありがとうございました」
ショッピングモールを出て開口一番、儚は蒼汰にお礼を言った。
それは何気なく普通の、儀礼的なものだったのだが、蒼汰にとっては大きな出来事だった。
千散が『ありがとう』だなんて……これは何か不吉なことが起きる前触れかもしれん……。
あまりに珍し過ぎてそんな失礼なことを考えてしまった蒼汰の顔を見て儚は。
「私だってお礼くらい普通に言います。減るもんじゃないですし」
「え、心読んだ?」
「顔に書いてありました。油性ペンで」
「いやせめて水性にしてくれ。落ちないから……。てゆうか、減る減らないの問題なの?」
「それはまあ。葵さんも、『お礼を言ったら寿命が減る』という状況だったら礼なんて言わないでしょう?」
「どんな呪いをかけられてんだよ……」
「そういう私は減っても構わないんですけどね、寿命。生きることに執着とかないですし」
「お前はまたそういうことを……」
「『生きたくても生きられない人間も居るんだぞ』ですか?」
「は?」
「いえ、昔誰かに言われました。誰だかは忘れましたが、多分私のことを嫌いな人です。で、私はこう返しました。『死にたくても死ねない人間も居るかもしれませんよ』と」
「歪んでんなぁ……まあ嫌いじゃねえけど」
「葵さんは――」
「ん?」
「どっちが辛いと思いますか? 『生きたくても生きれない人間』と、『死にたくても死ねない人間』」
「んー、辛さは同じじゃないか? どっちも思い通りにならないんだから。あ、でも、その思いが持続しちゃう分、死ねない方が辛いのかもなぁ」
「…………」
並んで歩いていた二人だったが。
急に儚が立ち尽くしたのでそれに合わせて蒼汰も止まる。
「千散?」
儚は黙って蒼汰の顔を凝視していた。
「あの……俺の顔に何か?」
「あ」
ようやく儚はハッとした。
「すみません。その答えに行き着いた人に初めて会ったので。私も同感です。やっぱり、あなたは変わっていますね」
「お前には言われたくないなー、それ……」
それからも他愛もない話をしながら歩いていたのだが、蒼汰が特に何も気にせず、来るときに通った最短ルートを逆に辿ろうとしていると。
「少し道を外れませんか?」
と儚が言い出した。
「え、どうして?」
それは蒼汰じゃなくても当然疑問に思うことだったろう。
「私、知らない道を歩くのが好きなんです。新しい何かに出会えるかもしれないから」
死にたい。
そう口にした少女にもちゃんと趣味趣向があるということに、蒼汰は嬉しくなった。
だから。
「お前がそういうなら、いいよ。じゃあ、こっち行ってみようぜ」
儚は少しだけ嬉しそうに微笑むと、コクリと頷いて蒼汰の後に続いた。
蒼汰はまだ知らない。
この後、本当に“新しい何か”と出会うということを。




