第34話 決意
「私のこんな姿を見たいなんて、葵さんも大概変わっていますよね」
そこはかとなく不機嫌さを滲ませた声音で儚は言うが、言われた本人はまったく気にせずに儚の纏うバイト用の服装をまじまじと見ていた。
「あ、あの……あまり見ないでもらえませんか?」
「あ、ああごめん! ……けどやっぱり千散、似合うよなぁ巫女服」
蒼汰の言う通り、バイト先に着いた儚は制服から巫女装束に着替えていた。
白い小袖に緋袴というスタンダードな巫女装束で、髪は後で一本に結っているが、それを円筒状に包む布や水引の飾りなどは省かれていた。
蒼汰が儚に聞いたところ、清掃しやすいようにあえて付けていないのだという。
「まあ本当の巫女といわけではなく、実際はただの清掃員ですので。ただ神様の社をお掃除するのに失礼のない格好、ということでこの巫女装束を渡されているんです」
最初に蒼汰が儚を尾行した理由は、学校で見かけた儚が気になったからだった。
雰囲気というかオーラというか、儚から漂う儚げな様子がなんとなく危うげに思えて、蒼汰は儚の後をつけた。
今でこそ公認ではあるが、最初のそれは本当のストーキング行為に近かった。
何せ儚にバレないように大分距離をとって後をつけていたので、端から見れば間違いなく通報したくなる様だったのは間違いない。
そんな初のストーキング行為の果てに辿り着いたのがこの神社で、神社の裏手に回った儚を追っていった蒼汰は、調度そこで着替えている儚に遭遇してしまった。
完全に目が合ったのだ。
下着姿の儚と。
「では、私は仕事をしていますので、邪魔にならないように座っていてください」
「へーい」
神社の軒下にある階段の隅に腰掛けた蒼汰が返事をすると、儚はもう一度溜め息を吐いて仕事を開始した。
せっせと境内から本殿までを掃除していく姿を見ながら蒼汰は物思いに耽る。
――思えば、千散儚という少女は相当に懐が深いんじゃなかろうか。
最初に俺が誤って着替えを覗いてしまった時も特に絶叫するでもなく、「誰ですか?」と問うだけだった。別に身体を隠すわけでもなく。
俺の方がドギマギしてしまった。
そりゃあまあ、尾行した上に覗きまでしちゃったとなればもうこれは地獄に落ちるより他はないだろうと覚悟したくらいだったので、儚の女子高生らしからぬ反応にある意味拍子抜けですらあった。
ストーキングを今回認めてくれたということは、少しは心を開いてくれてるのかな、と思わないでもないが、本人の言う通り諦めただけの可能性が高いのでぬか喜びはしないことにする。
そういえば、学校でも別クラスの儚を時折見かけたりするが友達と一緒に居るところを一度も見たことがないなぁ。
私に友達は必要ない、って前に言っていたけど、あれは本心だったのだろうか。
本当に、寂しくはないのだろうか――。
「どうぞ」
声をかけられて蒼汰はビクリとする。
見ると背後から儚が何かの缶を差し出していた。
「コーヒーです。ブラックは飲めますか?」
「あ、ああ飲める。ありがとう」
「いえ。少し休憩です」
そう言って儚は少し離れた位置に腰をおろす。
自分もブラックコーヒーを口に着け一息つくと珍しく自分から蒼汰に話しかけた。
「巫女が皆処女だというのは風説に過ぎないということを知っていますか?」
「げほっ! ごっほごほっ!」
蒼汰は儚の言葉の序盤で、流し込んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。
「大丈夫ですか?」
その原因となった儚は、素知らぬ顔で首を傾げていた。
「うぇほっ……おほ……。うぅ……大丈夫だけど、いきなり変な話しないでくれ……」
「ただの世間話なのですが」
儚は蒼汰が吹き出した理由が本当に分からないようだった。
「えと、で、何?」
「巫女が皆処女ではないという話です」
「はあ、そうなんだ……まあイメージでは確かにその……処女っていう感じはするけどな」
話題が話題だけに、蒼汰はどう反応すればいいのかよく分からなかったが、とりあえず当たり障りのないことを言っておいた。
「そうなんです。巫女といえば神聖なイメージがあり、清らかな身じゃなければ神にお仕えできないと結構世間では言われているんですが、実際はそんなことはないらしいです。結婚してる巫女も居るという話ですし、そもそも現代日本で巫女の面接をする時に処女かどうかを確かめようとしたらセクハラになってしまいますからね」
「なるほど。で、なんでその話を?」
巫女うんぬんの話よりも、儚がそれを話題に選んだ理由の方が蒼汰は気になっていた。
「興味深かったので。葵さんに豆知識として話してあげようかと思いまして。私もこの神社で働く為に面接をすることになって、それで気になって調べたんですけど」
「はぁなるほ……ん、いや、ちょっと待った」
「はい?」
「神社で働くにあたって巫女の処女性を調べる必要があるってことは……もしかして千散って……千散って――」
その先を口に出すのは躊躇われた蒼汰だったが、それ言わなくとも儚には蒼汰言わんとすることが分かったらしく。
「私は処女です」
そう答えた。
「なぁ千散、俺は分かったことがあるよ」
「なんですか?」
「お前は貞操観念が無さすぎる」
儚は蒼汰からの指摘に、ぽかんとする。
「処女ですよ?」
儚の言いたいことも分かるのだが。
「そういうことじゃないんだ! いいか? 男の前で処女非処女の話をするなって言ってるんだよ!」
「どうしてですか?」
「いや、だから、意識するだろ! 男は、いろいろと!」
「えっと? ムラムラするということですか?」
「だからそういうことを言うなってば! ……いやまあ、最悪そういうことだけれども! ほら言うだろ……? 男は皆狼だとか……」
「ああ――」
儚はようやく得心がいったようだ。
「葵さんは私が男性に性的な暴行を受けることを危惧しているのですね」
「ほんとそれ!」
ほんとそれだった。
ようやく言いたいことが伝わり、今度は蒼汰が脱力の溜め息を吐いた――のも束の間。
「心配する必要はありませんよ。処女膜の有無など、私にとっては些細なことですから」
「なんで心配になること言うの!?」
「それに葵さんがそういうことをするような人ではないということを、私はもう知ってます」
「それは嬉しいけどそういうことでもなくって!」
儚は蒼汰との会話が今一つ噛み合ってないのを感じて、首を傾げていた。
「ああもう、分かった……」
「なにがです?」
「千散」
「はい」
「お前の貞操は俺が守る」
正直に言う。
儚はこの時、どういうリアクションをすればいいのかが本当に分からなかった。
「そう、ですか。どうぞ……ご自由に?」
だからそんなことを口走ってしまったのだが、その実内心ではこう思っていた。
死のうと思ってる人間が貞操なんて気にするはずがないのに――と。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
物語も第二章に入りまして、話数もそこそこ増えてきました。
半分くらい自己満足で書いている作品ではありますが、それでもストーリーや文章や世界観のクオリティを上げていきたい気持ちは大いにあります。
ですので、読者の皆様、もしよろしければ感想などいただけたら嬉しいです。
ここがダメ、ここが良い、ここがおかしい、など一言でも構いません。
これからの執筆の参考にさせていただきたく思います。
無論、お手すきの時があればで構いません。気が向いた時にでもお言葉をいただければそれだけで励みになりますので、どうぞよろしくお願いします。
長々と失礼しました。
蒼葉綴でした。




