第33話 時間指定の代償
何かがおかしい。
そう感じることは、ある程度の時間を生きた人間であれば誰しも経験したことがあるのではないだろうか。
何かがおかしい。
だが、何がおかしいのかが分からない。
その状況は普通気持ちのいいものではないはずだ。
だが今の葵蒼汰にとって、『何かがおかしい』今の状況は、ちっとも嫌なものじゃなかった。
「ストーキングされるのは、この際ですから諦めます」
放課後の散歩途中、偶然通りかかった公園のベンチに腰掛けながら、千散儚はそう言った。
その横の少し離れた位置に座っている蒼汰は、儚が話し始めたことの意味を掴めなくて、
「へ?」
と惚けていた。
「ただ、時間を決めたいのですが」
「時間? ストーキングの?」
「そうです」
蒼汰としてはストーカー行為を認めてくれたことは嬉しかったが、儚がどうしていきなりそんなことを言い出したのかが見当もつかない。
「これからは、私に着いてくるのは五時までにしてくれませんか?」
高校の終業時間が午後三時半頃、ということはそこから午後五時までとなると、一時間半。
「いや、えっとまあ、こっちは付き纏ってる身だからあんまし文句は言えないんだけど、なんで急に?」
「私にも都合があるんです」
人間社会から隔絶されたような儚に都合というのが蒼汰的には違和感バリバリだったが、そう言うからにはあまり突っ込まれたくない話なのだろうと、流石に鈍い蒼汰でも察した。
「えっとじゃあ、一時間半くらいはデートしてくれるってこと?」
「いえ、デートというものではありません。あくまであなたのストーキング行為です」
バッサリ斬り捨てられた蒼汰だが、別に落ち込んだりはしなかった 。
というのも、儚の反応が大体予想した通りだったからである。
流石に平日の放課後毎日一緒にいると、そして言葉を交わしていると、儚の性格や言動パターンなども分かってくるものだ。
「ふーん、じゃあ今までより一緒にいられる時間短くなっちゃうんだな」
今までは、バイトのない日は儚の気が済むか、妹の緋奈から『まだ帰ってこないの?』とメッセージが入ってくるまで散歩に付き合っていたのだから、それは必然的なことであった。
「まあ、だからどうということもないですけれど」
つれない儚にテンションをほんのちょっと下げた蒼汰だったが、それだけでは終わらないのが葵蒼汰という人間だった。
「あ、良いこと思い付いた」
そう言って手を打つ蒼汰を横目で見た儚は怪訝な表情だった。
「時間を決める代わりにさ、バイト先に行ってもいい?」
蒼汰が面倒なことを言い出すんじゃないか、という儚の不安は見事に的中した。
「ダメです。仕事に集中出来なくなりますので」
「絶対に邪魔しないって約束する! だから、な? 頼むよこの通り!」
そう言って儚に向けて合唱する蒼汰を見て、儚は「はぁ……」と溜め息を吐いた。
儚は、内心では『居るだけでも結構邪魔なんですけど……』と思っている。
だがそんな儚の方も、そう言ったくらいでこの男が簡単に引き下がるわけがない、ということをもう分かっていた。
というわけで、妥協案を出すことにした。
「……では、週の内一日だけ、バイト先への同行を許す、ということでどうですか?」
「じゃあそれで!」
単純な男は即答だった。
「じゃあ早速今日、行かせてもらうってことで、いいよな?」
本日は水曜日、すなわち儚のバイトの日だった。
妥協案を出した時点で こうなることは予想出来ていた儚だったが、それでも。
我慢できずにもう一度、溜め息を吐いた。




