第31話 自分語り 儚編
「あなたは超常的な存在を信じますか?」
放課後、蒼汰が普段通り千散儚の日課である散歩に同行している時のことだった。
いつも蒼汰からなにかと話題を見つけて話しかけているのだが、それが長く続くことはなく、二人の会話は途切れ途切れとも言えないくらいに、沈黙の時間の方が長かった。
だがこの時は珍しく、儚に隣を歩くことを許されない為に少し後ろを歩く蒼汰に対し、「あの……」と控えめに声をかけた。
それが冒頭の言葉に繋がるわけだが。
「え、うん、信じる」
「適当に答えていますか?」
蒼汰は実際に『超常的な存在』というのを自らの目で見ているわけなので、当然のように答えた。
だがそれが儚には軽いように捉えられたらしく、怪訝な顔をされてしまった。
「いや、真面目に答えたんだけど……。そういう千散は?」
「信じません」
断じて言った。
「どうして?」
「超常的というのは、常識を超える、ということですよね?」
「んー、そう……そういうことだな」
「であればそれは誰の、そしていつの常識なんでしょうか」
「へ?」
話ながらも歩みを止める気配のない儚のその言葉に、蒼汰は咄嗟に答えることはできなかった。
「完全なる常識な存在しない、と、私は思うんです。葵さん、あなたと私の常識はきっと違いますよね?」
「そう、だな」
蒼汰は脳の処理が追い付かず、返答がスムーズにはできない。
「常識が100パーセント同じ人間なんて居ないと思うんです。その人の生まれた場所、育った環境、出会った事物、望んだ未来によって、個々人の“常識”には多かれ少なかれ、差が生まれると思いますから」
だから、と儚は続ける。
「私は“常識”という言葉が嫌いなんです」
いつになく饒舌に語る儚にも、その言にも少し驚きはあったが、同時になんとなく儚らしいとも思った。
儚がこんな風に自分の考えを話してくれることは珍しく、そして蒼汰にはそれが嬉しかったので余計な口は挟まずに、儚の話を聞くことにした。
「誰が決めたわけでもないのに当然のように存在し、法律以上の暗黙のルールのように人間を縛る常識が嫌いです。そしてそれに縛られているとも知らずに、常識に囚われない人を『常識外れ』だとか『非常識』だとか卑下する人間も、私は嫌いなんです。
常識ってなに? 本当に正しいの? どうして疑わないの? なんで皆と同じじゃなきゃいけないの?
幼少の頃から私はそんな風な事ばかり考えていたんです。だからか、両親に捨てられました。別に悲しくはなかったです。だって、私を捨てた両親も“常識”という鎖に縛られた人間でしたから、私は嫌悪感すら覚えていたので、済々した気分もありました。
でも所詮は私も子供で、その時も甘い考えでした。一人では生きられないということを、すっかり失念していました。居場所を失った私は、当然路頭に迷って、餓死寸前にまでなった時でした。
私を拾ってくれた人が居たんです。その人は孤児院の院長でした。常識のない人だということはすぐに分かりました。私のような人間を拾うんですから。
その人は私に優しくしてくれました。それは素直に嬉しかったのですが、それだけでは済みませんでした。
その人の孤児院で暮らすようになった私ですが、他の孤児達に受け入れられることはなかったんです。考え方が、違いすぎるから。
その時にも私は、“違いすぎる”ことの何がダメなのかが分かりませんでした。
まあ、いじめを受けました、普通に。私はもう慣れっこになっていましたが、見兼ねた院長は私を知り合いの女性に養子に出してくれました。
義理の母も優しい人で、私は珍しく人を好きになりました。
が、儚いものです、幸せというものは。私にお似合いの儚さでした。
義母は重い病気を患い、程なく亡くなってしまいました。
そして私は、もう幸せになるのを諦めました。
仕方がなく、ということではありません。
非常識を捨てて幸せになるよりも、不幸せであっても自分が自分であることを選んだんです。
孤児院の院長は戻ってきていいと言ってくれましたが、私は断りました。
もう一人で生きていこうと思ったんです。
一人では生きられないなんて、それこそ甘い考えだったと思い直したんです。
まあ結局、住む場所は院長が用意してくれたので、一人で生きられてはいないんですが。
それからまあいろいろあって、今の私が居ます」
そして長かった過去の話の締めくくりに。
「だから私は、超常的な存在を信じません」
「ごめん繋がりが全然見えない」
やたらと重かった話の最後にまさかツッコミを入れることになろうとは、流石の蒼汰も予想すらしていなかった。
そして儚は、はぁ、とお決まりの溜め息。
「鈍い人ですね。まあ分かりづらかったことは認めますが」
「あ、認めてくれるんだ……」
「つまり常識外れな私にとっては、超える常識すらないということです」
「あ、ああ、なるほどな」
常識がなければ、それと同時に超常的なもの存在しない。
そういう理屈か、と蒼汰は納得した。
「逆に言えば、全てのものは超常的じゃなく存在し得る、ってことだよな?」
「え………」
「ん、あれ……違ったか?」
儚が奇妙なものを見るような顔をしたので、蒼汰は不安になってしまったのだが。
「いえ……葵さんバカみたいなのに、意外と賢いんだなぁと驚きました……」
「待ってくれ、それ褒めてるの? けなしてるの?」
えーと、と儚は頭を悩ませる素振りを見せた後で。
「褒めけなしてます」
「聞いたことないワード出してくんな……」
「すみません。本心だったので」
本心だったのか……。
と蒼汰が一層傷ついたことを、今もこれからも、儚が知ることは恐らくない。
「あ、でもですね……私、葵さんは非常識な人だと思ってます」
え、それって……?
「好きというわけではないですが、常識というものを好む人はストーキングしないと思うので」
その一言は絶対いらなかっただろ……、と思いつつ、一瞬何かを期待してしまった蒼汰は、密かに肩を落としていた。




