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矛盾だらけのアイソドシンク ―The World of Paradox―  作者: 天崎澄
第二章 時間乱流編
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第28話 運命に抗う理由

 その時にはもう、太陽が西の彼方に半分ほど沈んでいた。



「クロちゃん、おかえり。今日はどうだった?」



 シロームの睫毛が揺れる。


 上目遣いにクロナの顔色を窺おうとするが、あいにくクロナはそっぽを向いていてその表情は見えない。



「うん」



 クロナが発した二文字が重く響く。

 その音の伝わり方だけで、シロームにはクロナのテンションの低さが手に取るように分かる。



「なにか、あったの?」



 だからシロームはそう聞かずにはいられなかった。

 自分の気持ちよりも、クロナの気持ちの方が重要で、最優先だ。



「ねぇ、シロ」



 その呼び掛けに、シロームは息が詰まった。

 声音を聞けば分かる。

 クロちゃんは今から、とんでもないことを言う。



「“時間”を止めたいって言ったら、どうする?」



 クロナの視線が、ようやくシロームを捉えた。

 そしてシロームの目にも、焼き付く。


 その薄紅の瞳。

 桃色と白を基調にした近未来的外装、そしてそのところどころにあるスリットから覗く美しい肌。

 艶やかな唇は秋の紅葉を思わせる色合いで、そのくせ風に広がる髪はまるで桜吹雪のようで。


 黄昏時に映し出されたその光景は、あたかも名画のように、シロームの目を釘付けにした。


 見蕩れていたせいで、クロナの言葉が脳に伝わるのは遅かった。

 その意味を反芻し。



「え?」



 ようやくその一文字絞り出す。



「私が、時間を止めたいって言ったら、シロはどうする?」



「なんで、そんなこと聞くの?」



「いいから答えて」



「それは……止めるに、決まってるよ……。『時間を止めること』を止める」



「だよね」



 クロナには、シロームがそう言うことが最初から分かっていたように微笑んだ。 

 それでもその質問をしたのは、シロームの気持ちを確かめる為ではなく、むしろ。



「でも、私は時間を止める」



 自分の気持ちを確かめる為。



「ちょっと待って……待ってよクロちゃん……何言ってるの?」



「そのまんまの意味だよ。私の行使権限(ロールアビリティ)で、この周囲の時流速を限りなくゼロに近付ける」



「ダメだよそんなの……。自分の役割をちゃんと果たさなきゃ……」



「ねぇ、シロ。私達はさ、自分のやりたいことをやったらダメなのかな」



 自分の願いを叶えたら、ダメなのかな。



「だって、天意(オラクル)が……」



「うん、そうだよね。普通はそう思うと思う。でもさ、自分の役割とか世界とか、どうでもよくなっちゃうくらいに大切なことが出来たら、仕方ないって思わない?」



 クロちゃんが、何を言ってるのか分からない。

 世界を運営する為に生まれた核神なんだよ? 私達は。

 それが生まれた理由で、 存在する意味。

 それより大事なことなんて――。



「例の、女の子?」



「ん?」



「クロちゃんの大切なことって、例の女の子が関係してるの?」



「…………」



 クロナは答えづらそうにして目を伏せただけだったが、シロームにとってはそれが何よりも答えだった。



「ねぇクロちゃん、どうして? その子はただの人間なんだよ!? 関わる意味なんてないよ!」



 シロームのその慟哭に、クロナの表情も変わる。



「ただの人間? 関わる意味なんてない? シロに何が分かるの? ここ引き込もって世界を見ようとしないあんたに、何が分かるのよ!」



「分かんないよ……! だから、分かる必要がないってシロは言ってるの! シロ達は与えられた役目に従ってればそれでいいんだよ!」



「……そうかもね。でも、それじゃ私はつまらない。だから世界を見たかった。それで見つけたんだよ、大切なことを」



「……シロよりも?」



 きっとその問いだけが、シロームが本当に聞きたいことだった。

 だが、クロナは。



「……ごめん、もう話したくない。もう、行くね」



「え……行くって、どこに? クロちゃんの居る場所はここじゃないの? ねぇ、クロちゃん!!」



 クロナは答えることはなく背を向け。

 “空の床”から飛び降りる。



「待ってよクロちゃん! クロちゃぁぁぁあん !!!!」



 シロームの呼び掛けも虚しく、クロナは重力の影響を一身に受け、地上へと落下していく。


 後に残されたのは風切音と、空に這いつくばるシロームだけだった。



「クロちゃん……」



 こんなはずじゃなかった。

 クロちゃんと、ちゃんと話すつもりだったのに。


 顔も知らない人間の女の子が、恨めしい。

 でもその恨みをぶつける為、或いはクロナを追って、自分も地上に降りる勇気はシロームにはまだ、なかった――。




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