第25話 存在理由
結局アイソドシンクの話を最後まで聞けずに、『学生の本分は勉強だ』と自分に言い聞かせながら登校した蒼汰を待っていたのは。
「遅いです!」
一時間目と二時間目の間の休み時間と、昨日負かした《存在》の核神――レクシアだった。
「いやなんでお前ここにいるの?」
俺の隣の席にちゃっかり座って。しかもちゃんと指定のセーラー服着ちゃってさ、すげー似合ってるけど。
蒼汰は最初、マンガとかでたまに見かける『去ったはずのキャラが転校してくる』パターンかと思ったが、そういう様子でもない。
普通は転校生とくれば、しかもレクシアほどの美少女であればミーハーなクラスメイト達によってたかって質問攻めされる、というのがセオリーだろうが、まったくそんな光景は見られなかった。
なんというか、普通に馴染んでるのだ、クラスに。浮いているわけでもなく、奇異の目で見られるでもなく。
蒼汰にとっては見知ったクラスメイトの全員が、見知らぬはずのレクシアの存在を、当たり前のように認めている。
「シアちゃん! 教科書貸してくれてありがとね、助かったよ!」
どころか、隣のクラスの女子までレクシアに借りていたらしい数学の教科書を返しにくる始末だった。
「いえ、お役に立てて良かったです」
「今度絶対にお礼するね!」
「そんな気にせずとも大丈夫です。困った時はお互い様ですから」
目の前で繰り広げられるそんなやりとりを見ている間に蒼汰は、とある疑問点に気付いた。
隣のクラスの女子が帰っていったのを見計らって、蒼汰はすかさず問いを投げる。
「なぁ……今の女子って、干渉者なの?」
「いえ。ただの人間ですが」
「じゃあ、なんでお前のこと見えてんだよ!?」
蒼汰の疑問は当然のものに思えたが、しかしレクシアは不可解な面持ちで蒼汰を見た。
「そんなに驚くことですか? あなたと初めて会った時だって、ただの人間二人組に絡まれていたではないですか、私」
そう言われてようやくその事を思い出した蒼汰は『そういえばそうだ!』と叫んで、むしろレクシアよりもクラスメイトの奇異の目を集めていた。
はぁ、とレクシアが呆れ気味に溜め息をつく。
「確かに説明はしていませんでしたけど……」
「説明?」
「ええ。私は十二の核神の中で唯一、『普通の人間と相互干渉が出来る』核神なんです」
蒼汰はその言葉の意味を噛み砕くのに、少し時間がかかった。
「え、なにそれ?」
そして、噛み砕いても飲み込めなかった。
「まあ、“出来る”というよりは“してしまう”のですが。概念の問題です。あなたはアイソドシンクをどう思いましたか?」
「急な質問だな……。んー、とりあえずいろいろ矛盾したやつだなぁとは思ったかな」
「そうだと思います。彼女は《矛盾》の核神だから矛盾しているんです。それと同じように、私も《存在》の核神だから存在している」
「そうなのか……。でも、シンクだって存在はしているだろ?」
「どうなのでしょうか」
レクシアは不意に、遠い目をして言った。
「人間に観測されていないモノが、果たして存在していると言えるのどうか」
「俺はあいつを知ってるけど?」
「あなたは普通の人間ではありません」
何故かその言葉は、蒼汰の心にズシリと重く響いた。
「まあ、天意が定めたことなので、私にもその真意は分からないんですが。でも、私が誰の目にも見える生身の身体を持っていることは事実です」
「へぇ……」
正直いろいろ複雑で、蒼汰の人間らしい脳では全てを理解するには時間がかかりそうだったが、とりあえず状況は分かった。
「それはそれとして……お前がここに居る理由は? 今の話とは関係ねえよな?」
「無関係ですね。ていうか、私がここに居る理由なんてひとつしかないと思いますが」
「え? うーん……学生生活してみたかった、とか?」
「えいっ」
レクシアは蒼汰の頭にチョップをくらわせた。
「痛てっ! 何すんだよ!?」
「そんな好奇心だけで無責任に人間と関わるようなこと、するわけないじゃないですか!」
「あ、そう……じゃあどうして?」
「あなたを監視する為ですっ!」
レクシアのその激昂を伴った叫びは、流石にクラスメイト達の目を引き付けた。
「あ……すみません、なんでもないです……」
無意識に立ち上がっていたレクシアが、誰に言うでもなくそう言ってお辞儀をすると、集まっていた視線は次第に散っていった。
「ふう、あなたのせいで恥かいたじゃないですか……」
文句を言いながら席に座る。
蒼汰は『え、俺のせい?』と思ったが口には出さなかった。
「とにかく、そういうことですから」
「ちょっと待ってくれ、俺を監視って、何の為に?」
「自覚がないのですか? あなたは今、要注意人物なんです。唯一存在を許可されているパラドクスである葵緋奈の兄で、そして《矛盾》の核神アイソドシンクと繋がりを持ってしまったのですから。何か問題が起きないよう、しかと見張っておかなければなりません。その為にこうしてわざわざ、自分の存在をこのポジションに捩じ込んだんですから」
「なるほど……」
レクシアの言いたいことは理解できたものの、それでも自分が危険人物だという自覚を蒼汰はやはり持てなかった。
「でもだったら、緋奈を直接見張った方がいいんじゃないか? もう問題は解決したんだからシンクはどっか行っちゃうんだろうし……」
「何を言ってるんですか? あなたは」
「え?」
「もしかして聞かされていないのですか?」
何のことだからさっぱり分からない蒼汰は、怪訝な表情をするしかない。
「同質化をした核神と干渉者は、感覚領域の距離以上離れることはできないんです」
感覚領域。
その距離は、たったの五キロメートル。
朝の内に説明を聞いておいてよかったと、蒼汰は思った。




