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矛盾だらけのアイソドシンク ―The World of Paradox―  作者: 天崎澄
第一章 矛盾邂逅編
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第23話 行使権限の使い方

 同質化(コンセプション)――。


 葵蒼汰とレクシアの戦闘が始まる少し前、蒼汰に頬を触れられている状態でアイソドシンクは静かにそう唱えた。


 蒼汰にその言葉の意味は理解出来なかった。

 しかしそれでも、やたらと手触りの良い柔肌に触れた掌から何かが伝わり、それがやがて自分の中のどこにあるともしれない、いわゆる魂のようなものに結びつくのを感じた。


 目の前にある紅蓮の瞳が、自分の目にも燃え移るような感覚を伴って、蒼汰は自分が、このどこかミステリアスな美少女然とした《矛盾》の核神と一体になったことを確信していた。


 根拠はない。

 ただそれが事実だと、疑いようがなかった。


 別に物理的に合体したわけではないし、とくにどちらかの外見に変化あったわけでもない。


 でも、感じるのだ。

 彼女の、アイソドシンクの鼓動が自分の体内で息づいているのを感じる。

 お互い思考が結びつき、感情が重なり、存在がまるで分身のように同質になっているようだった。



「何を、したんだ?」



 その不思議な感覚に戸惑いながら、相変わらず澄ましているその核神に問う。



同質化(コンセプション)、です。核神(コンセプター)である私と干渉者(エフェクター)である蒼くんの存在を結びつけ、蒼くんの存在力を私と同等までに高めました」



「ん? あー、なるほど……」



「分かっていないようですね」



「うん……ざっくり言うと、強くなったっていうこと? 戦う為の力をくれるって言ってたし」



「単純に“強くなった”と言うと少し語弊があります」



「 どういうことだ?」



「 簡単に説明すると、蒼くんの身体能力はそのままです。 なので人間の性能を超える運動は出来ません。ですが《矛盾》の核神である私と同質化(コンセプション)したことで、行使権限(ロールアビリティ)を使えるようになりました」



 そこまで聞いてようやく、蒼汰の中で腑に落ちた。



「つまり、俺の運動機能はそのままで、お前のなんか、超常的な力を使えるようになった、ってことか」



「まあ、そういうことです」



「へー、実感ないな」



「それはそうだと思います。それを使わなければ、蒼くんはただの人間と変わりませんから」



 なるほどね、と蒼汰は頷く。



「で、どうやって使うんだ?」



 その質問を待っていた、とでも言いたげにアイソドシンクの睫毛がピクリと動く。



「簡単です。イメージしてください、起こす事象を」



「ん……」



 急にそう言われて蒼汰は少し戸惑ったが、思索した結果、蒼汰はこの夜空に風が吹き荒れる様を思い浮かべた。

 が、いくら強く念じても、想像した現象は現実に起きない。



行使権限(ロールアビリティ)は、なんでも起こせるわけではありません。核神ごとに“起こせる事象”と“起こす条件”が異なっているんです。私の行使権限は【現象否定(ディストーション)】――矛盾を、本来起こり得ない事象を起こすものです。その発動条件はそのまま、『起こり得ない事象であること』です」



「起こり得ない事象?」



「確率的に絶対起こらない事象です」



 ここで蒼汰は首を傾げることになった。



「待て待て、お前、『この世に絶対はありません』って言ってなかったっけ?」



「はい。この世に絶対はありません。ですが、“絶対がないということも絶対ではありません”。全ての可能性は否定出来ませんから」



「それ、矛盾してないか?」



「それはまあ、私は《矛盾》の核神(コンセプター)ですから。矛盾していないと矛盾してしまいます」



 蒼汰の頭の中で言葉がこんがらがりそうになっていたが、とりあえず蒼汰は解くのを諦めて隅に置いておく事にした。



「まあいいや。つまり、通常起きる可能性がないことであれば、お前の行使権限(ロールアビリティ)で引き起こすことが出来るっていうことだな?」



「そうです。ちなみにこれはどの核神も共通ですが、起こしたい事象を表す言葉を口に出すとイメージしやすいので、より簡単に事象を引き起こすことが出来ます」



「なるほどね、分かった。それじゃ、行ってくるわ」



 お礼の意味を込めて蒼汰はアイソドシンクの頭をくしゃっと撫でる。

 アイソドシンクはどこかくすぐったそうに目を細めるが、それ以上のリアクションは特になく。



「はい。……蒼くん、勝ってください」



 その声援は蒼汰にとって少し意外に感じたが、素直に嬉しいと思った。



「勝てるように頑張る」



 だから素直な感情を口にして、そして――。


 夜空へと駆け出して行くのだった。



 * * *



 なぜ、こんなことが。


 気付けば目の前に、比喩ではなく無数の星が瞬いていた。


 レクシアは“空の床”に仰向けている。

 その細い身体に刻まれた深い傷から、青みがかった燐光がふわりふわりと夜の闇に漏れ出ていく。


 核神と言えども、人の体裁を保っている以上、それなりの痛覚は存在する。

 理屈ではない。それが天意(オラクル)による定めであれば、それは納得するしかないのだ。


 痛い。

 身体が、痛い。


 過去において戦闘は幾度かあったが、ここまでの深手を負ったことはなかった。

 まさか、自分の斬撃に斬り伏せられるとは。



「何を……したのですか?」



 近付いて来る足音にレクシアは問う。

 足音の主はすぐには答えず、レクシアの横たえる間近まで来るとしゃがみ込んでから、ようやく口を開く。



「勝つにはこれしかないって思ってた」



 レクシアは“仮りそめ”の眼球を動かし、その姿を視界に捉える。

 その少年の顔は、勝った割りには嬉しそうではない。どころか、少し沈んでいるようにも見える。



「あれは、行使権限(ロールアビリティ)……ですか」



 ほとんど確信に満ちたその呟きに、蒼汰は黙って頷く。



「アイソドシンクがそこまで本気とは……。見誤りましたね」



 レクシアは、口調も表情も、どこか穏やかだった。



「本当に、あいつには感謝してもしきれないな」



「ふふ……ですが、私に勝ったのは紛れもなくあなたの力です。私は、あなたを侮っていました。アイソドシンクの言う、あなたが勝つ可能性などあり得ないと思っていました」



「まあ俺も、本当に勝てるかは半信半疑だったよ、正直」



 蒼汰の額に滲んでいる汗を見て、レクシアはくすりと笑った。



「どうしてです?」



「え?」



「いえ、あなたが蒼凰裂閃を受ける瞬間に私と存在の位置を入れ替えたことは、理解出来ています」



「流石に核神ともなると理解が早いな……」



「ですが、そもそもその作戦を立てていたとしても、私が蒼凰裂閃を放たなければどうしようありません。そして私が蒼凰裂閃を放つ確率は、決して高くなかったはず。では何故あなたは、その作戦を立てたのです?」



「ああそれは、確率が低いなら上げればいいかなと思って」



「はい?」



「アイソドシンクに力を貸してもらって行使権限(ロールアビリティ)を使えるようになったけど、それでも俺とお前の間には身体能力の絶対的な差があったからな。だから最初からガンガン行使権限を使っていったところで結局力負けするだろうって思った。だったら、行使権限を使えることをお前が知らないっていう状況を利用して、ここぞというところで使った方が良いと思ったんだ」



 そこまで話して、蒼汰は体勢を崩してレクシアの隣に横になった。



「ちょっ!?」



「俺もお前に殴られたり踏まれたりで、結構ボロボロなんだよ。少し休ませてくれ」



「はあ……」



 レクシアのそれは溜め息混じりの納得だった。



「で、蒼凰裂閃を受ける瞬間に身体を入れ替えることを思いついた。シンクがあれで戦闘不能になるのを見てたからな。上手くいけば確実だと思った。お前が言った通り、問題はどうやってお前に蒼凰裂閃を撃たせるかだった」



「どうやって、撃たせるか?」



「そう。どう考えても確率は低かったんだ。だってお前は別に素手でも俺を殺せるし、刀で普通に斬ればいいし、そもそも俺を殺す気が無かったもんな」



「そのようですね……今だから認めますが……」



 レクシアは少し照れ臭そうな顔をした。



「まあだから、それを逆手に取らせてもらったんだ。殺意がないことを指摘することで、殺意を起こさせる。お前が真っ直ぐなやつで助かったよ。じゃなきゃこんな単純な挑発掛からないもんな」



「あの、バカにしていますか?」



 レクシアの目線から今こそ殺意を感じて、蒼汰はヒヤッとする。



「これは失礼……そんなつもりはなかった。そんでまあ、後はさっきも言ったけど、どうやって蒼凰裂閃を撃たせるのかが問題だったんだ。近接攻撃じゃ入れ替えたところで意味が無いからな。遠距離攻撃じゃないとダメだった。だから、近付きたくなくなるように俺に設定を加えさせてもらった」



「設定? …………まさか!」



「ああ。これは俺も声を大にして言いたいんだけれど、俺、Mじゃないからな?」



 先程マゾフェストという言葉を聞いた時と同じくらいの衝撃が、レクシアを襲った。

 単純に、この葵蒼汰という人間がそこまで計算して行動していたという事実が、レクシアの中に畏怖に近いものを芽生えさせた。


 実際レクシアは、『葵蒼汰がマゾフェストである』という情報をインプットされてから無意識に、近接攻撃という選択肢を自動的に破棄させられていたのは間違いない。

 本来ならば人間に、蒼凰裂閃を放つなど、あり得ないことなのだから。



「なぁ聞いてる? 俺Mじゃないからね?」



「え、あ、はい……安心しました」



 それも本心ではあった。

 この少年が、そういう性癖を持ってなくて良かったと、何故かレクシアはそう思った。



「しかし何故、マゾフェストと言えば私が嫌がると分かったんです?」



「いや、それは簡単だったんだけど……」



「え?」



「だってお前、すげー女の子っぽいんだもん。料理は出来るし、胸触ったら怒るし。だから、普通に女の子が嫌がりそうなのは嫌かなーって思って」



 まあ、お前にSっ気が無くて良かったよ。という蒼汰の言葉は、最早レクシアの耳には届いても記憶を司る器官には届かなかった。


 呆然だった。

 自分にそんな弱点があることを、レクシアは全くもって知らなかったのだ。



「よいしょっと」



 一通り話し終わったのか、蒼汰は身体を起こすと、レクシアの身体に手を伸ばす。



「ちょ! 何を!?」



「黙って、じっとしててくれ」



 蒼汰の真剣な物言いに、レクシアはつい言う通りにしてしまった。

 蒼汰は、レクシアの身体に深く刻まれた傷に手を翳すと。



「傷、瞬間的に治れ」



 それを言い終わった時には、レクシアの身体から傷は無くなっていた。



「あなたという人は……」



 なんとも言えないような複雑な表情で上半身を起こしたレクシアに蒼汰は。



「頼む」



 すかさず土下座をしていた。



「緋奈の存在を、認めてくれ」



 土下座という人間の中での、それも極一部の地域での誠意を示す文化が核神たる存在に効果があるのか、それは誰にも分からないが。



「あなたという人は本当に……」



 《存在》の核神、レクシアは。



「面白い人間ですね」



 そう言って微笑んでいた。




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