第22話 最初で最後の一太刀
レクシアは“マゾフェスト”という人種が存在していることを理解してはいたが、その嗜好や思考までを理解している訳ではなかった。
というか、普通に気持ち悪いと思っていた。
だって、どう考えたって性癖が歪んでいる。
“矛盾”以外の存在は、レクシアの力で自動的にその存在を許可されるようになっているのだから、マゾフェストというのは矛盾のない存在なのだろう。
その点に関して、レクシアはオラクルに対して疑問を覚えないでもなかった。
傷付くことに快楽を感じるなんて、普通じゃない。痛い=苦しい、というのが正しい在り方ではないのか。
痛いのが、気持ちいいなんて……。と、レクシアは正直そういう人間に引いていた。
だがしかし、世界を運営する一柱として、その使命に私情を挟むわけにはいかない。
《存在》の核神であるのだから、全ての存在に対して平等でなければならない。矛盾以外。
故に、自分が許可さえしなければ存在出来ないであろうマゾフェストという人種も、疑念を抱きつつも目を瞑っていたのだった。
レクシアにはそういうことが多々ある。
争いの種を蒔く者、自然を破壊する者、他を虐げる者、愚かな者。
そう、レクシアが存在の是非を問いたくなるのは、決まって人間だった。
そう考えれば、マゾフェストというのはまだマシな部類なのかもしれない。レクシアの精神がその趣味を理解出来ないだけであって、別に個人的にそういった行為を楽しむのは自由である。
ただ、レクシアは巻き込まれたくはなかった。
「俺、マゾフェストなんだよ」
レクシアが呆然としているのを見て、蒼汰はもう一度自分の性癖を暴露する。
「だから、さっきお前に殴られたのも、踏まれたのも、実はすげー気持ち良かった。ありがとな」
巻き込まれたくなかったのに、自分がマゾを悦ばせてしまうなんて……!
「ああ、つまり何が言いたいかというと、お前の攻撃は俺を喜ばせるだけで、一切効かねーってことだ」
ダメだ。ダメだダメだダメだダメだダメだ!
私情を挟んでは!
でも気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
いや、いっか。
どうせ私は、この男を殺すのだから。
急に、レクシアは頭の芯が冷えていくのを感じた。
簡単だ。私はこの人間を、世界の為に殺す。
そこに私情はない。
偶然、私の個人的都合と使命が合致しただけだ。
良かった。
「分かりました」
「お、おう。それは良かった」
蒼汰は、『蒼汰にも勝てる可能性があるとレクシアが理解した』、と勘違いをしている。
「ええ、良かった。それでは――」
レクシアはその齟齬に気付いていたが、最早そんな細かな事を気にする必要はなかった。
「気持ちよく、逝かせてあげます」
そして緩やかな動作で腰を落とし、その腰に挿している刀――顕現乖離の柄に手を掛ける、と。
「蒼凰裂閃」
言葉を放った刹那、蒼汰には視認出来ない速度の居合抜きで眼前の空間を斬った。
その綺羅の刃が通り過ぎた傍から青い光が生じ、すぐさま、と表現するのも遅すぎるくらいの速度で刃の軌跡が具現した。
と同時に、斬られた空間の先に立ち尽くす少年への飛行が始まる。
音速か、光速か、或いは神速なのかもしれない。
葵蒼汰の感覚としては、フラッシュを浴びたような感覚だったろう。
超高速で空間を移動する刃が少年の身体へと到達しようという、その時。
自分がしたことの結末を見届けようと、レクシアが刮目するその眼前に。
“光の刃が突如として現れ、それが自分に向かっている”ことをレクシアが認識した時には、その華奢な身体は、斬撃を受け宙に舞っていた――。




