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矛盾だらけのアイソドシンク ―The World of Paradox―  作者: 天崎澄
第一章 矛盾邂逅編
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第20話 夜空の中に見えたもの

 住宅街からの灯りと、上空の星々や月の放つ光が丁度ぶつかり合う、そんな天と地の狭間でレクシアは、目を閉じて静謐(せいひつ)としていた。


 微かに薙いでいく風にその艶めく髪を揺らしながら、ただただその時を待っていた。


 人間と戦う。

 字面を見れば単純でしかない、これから自分が行うその事柄を、レクシアは意識の中でどう捉えていいのか判然とせずにモヤモヤとしていた。


 だからこそこうして夜の静寂に意識を溶かして、その正体不明のわだかまりのようなものを浮き彫りにしようとしているのだった。


 レクシアの頭の中には脳も海馬も存在しないが、レクシアがレクシアとして過ごしてきた時間、記憶は、その存在自身に刻み込まれている。

 だが宇宙創成の頃から続くその膨大な記憶の中を探っても、“人間と戦った”などということはついぞ無かった。


 だから、レクシアの心はざわついている。

 どうしてこれまで、人間との戦闘が起きなかったのかというと、そもそも人間と交流することが少なかったというのはもちろんあるが、それでも必要があれば戦うという意思はレクシアの中にある。

 レクシアと過去に関わった人間の方にこそ、それが無かったのだ。

 意見が食い違えば、衝突するより先に人間が折れた。

 脆弱である。

 けれどそれが人間だということをレクシアは知っていて、だからこそ別に蔑むようなことはしなかった。


 人間は弱い。

 少なくとも核神よりは。

 それは当たり前のことだ。

 そもそも存在の成り立ちが違うのだから。


 当たり前で、当たり前に思える事こそが、真理なのだから。


 核神に立ち向かってくる人間など居るはずもない。

 そう、思っていたのに。



「来ましたね」



 この少年は。



「待たせたな。さあ、始めようぜ」



 一体、何だというのか。



「何か、私に勝てる妙案は浮かんだのですか?」



 レクシアは目を開き、真剣な表情で自分を見つめる少年を視認した。



「いや、特には浮かばなかった」



「そうですか。では、降参したらどうです?」



「言ったろ。やらなくても分かることなんてこの世にはない。だから、させてもらうぜ。お前が言ってた最大限の悪足掻きってやつをな」



 目の前の少年の心に揺らぎがないことを、レクシアは感じていた。

 強い想いが彼を支えているということは明白だ。

 しかし、どれだけ強い想いがあろうとも、人間が弱いことに変わりはない。


 変わりはない、はずだ。


 圧倒的な力量の差を見せつければ、たちまちその強固な想いすらも揺れ動き、ひしゃげ、折れ砕けるだろう。


 で、あれば。

 今こんな風に頭のなかで理屈をかき混ぜることに、何の意味もない。

 戦えば、全て分かることだ。



「そうですか。では、始めましょうか」



「ああ、いつでも来いよ」



 次の瞬間、一際強い風が二人の間を吹き抜け、それと同時に蒼汰はレクシアの姿を視界から失った。



「鈍過ぎです」



 その鈴の音に似た声を聞いたときには。



「っ!! ぐ、あ……はぁっ!!」



 鳩尾に強烈な衝撃を受けた蒼汰は宙を舞っていた。

 身を翻して体勢を立て直そうなどという気すらも起こせない程の痛みを感じながら、蒼汰は空の床に転げ落ちた。



「っつ! く…ぁぁぁぁぁあ!」



 痛みにうずくまりそうになる心を制して、どうにかゆっくり立ち上がる。

 そんな蒼汰を少し離れた位置から、レクシアは氷点下の視線で見ていた。



「降参、してはどうですか?」



「する、かよ……!」



「そうですか」



 鈍い音が、街の上空に響く。

 立ったばかりの蒼汰の身体は、気付けばまた空の床に這いつくばっていた。



「くあっ! ぅあああっ!」



 右足の膝下を激しい痛みが襲っていた。



「降参、しませんか?」



「う、っく! し……しないっ! ぐぁあああああああああっ!」



 未だ心の折れない蒼汰を足で器用にひっくり返したレクシアは、そのまま蒼汰の左肩に具足を纏った踵を食い込ませた。



「あなたは……ここまで惨めな姿を晒して、なぜまだ諦めないのですか?」



 諦められるわけがあるか。

 ここで屈するのは、緋奈を諦めることと同義だ。

 大切な妹を見捨てるなんて、出来る訳がない。


 蒼汰は、思考を働かせる。

 痛い。

 けど死ぬ程じゃない。


 どうしてだ?

 あの速度だ。刀で切れば、俺なんて簡単に殺せるはずだ。

 でもそうしなかった。


 再三の降伏勧告。

 レクシアは、俺に降参させようしている?

 何故。

 俺を殺さないことに、なん意味がある。


 待て。殺さないのではなく、殺せないんじゃないか?

 例えば、あの刀で人間を斬ることは出来ない、とか。

 いや、ならば素手で殺せばいい話か。

 だとすれば――。


 レクシアは今も尚虚ろな目で、蒼汰の左肩に痛みを与え続けている。

 激痛だ。

 だが、右手は自由だった。


 朦朧としそうな痛みに耐えながら、レクシアに気付かれないように右肩から先を動かして、その指先でどうにか麗しい青色の布を掴むと、思い切り。

 自分の頭上へと、それを持ち上げた。


 そうしたことで、恐らくレクシアにとって大切な空間が、蒼汰から丸見えになる。

 最初、『この少年は何をしているの?』と思った程度のレクシアだったが、すぐにハッとすると。



「ひゃあっ!?」



 と悲鳴を上げて飛び退った。



「な……………な、な……何をしているんですか!?」



 と、スカートを捲られたレクシアが動揺している間に蒼汰は踏まれていた肩を押さえながら立ち上がる。



「見えたぜ」



「見ないでください!」



 と、レクシアは激昂するが。



「あ、いや、じゃなくて。お前の弱点と勝機が見えたんだけど……」



「は……?」



 この少年は、何を言っているの?

 今のスカート捲りでどうしてそんな……。



「まあでも、外見いいとこのお嬢様っぽいのに割りとエロい下着穿いてるのにはちょっとキュンとしたよ。ありがとう」



「普通です!」



 戦闘中だというのにレクシアの顔は真っ赤に染まっている。

 そんな様子を見て、蒼汰は“確信”する。そして、不適に笑うと。



「それじゃあ――」



 核神に告ぐ。



「反撃開始だ」




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