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97話 老獪なる精霊魔術師


第三訓練場。


日が傾きはじめた頃、昼間の喧騒が嘘のように静まり返ったその場所に、ひとりの女が姿を現した。


白髪を腰まで伸ばし、後ろでひとつに束ねている。

背筋は伸び、足取りに迷いはない。

年齢を感じさせるのは髪色だけで、その佇まいには、長年戦場を生き抜いてきた者特有の重みがあった。


「……まったく」


小さく、しかしよく通る声で呟く。


「訓練場が何個もあって、迷ってしょうがない」


不満げに言いながらも、足は正確に第三訓練場へと向かっていた。


ミランダ・コーチェラ。


かつて――

アルトレス軍魔術部隊を創設し、初代総隊長(元帥)として名を馳せた女。


今は引退し、山奥で静かに暮らしていたはずの存在だ。


「……はぁ」


軽く息を吐き、訓練場の中を見渡す。


土の床。

周囲を囲む簡易結界。

そして――中央に立つ、小さな少女。


ナナ・二等兵。


胸元には、淡く光る精霊紋。

すでに複数の紋様が刻まれており、それぞれが違う属性を示していた。


火。

水。

木。

光。

雷。

闇。


その全てが、確かに“生きている”。


「……なるほどね」


ミランダは、足を止めた。


(これは……)


視線を細め、少女の魔力の流れを読む。


(契約数が異常だ)

(しかも、精霊側が主導してる)


精霊魔術は、才能だけでは扱えない。

精霊との“対等な契約”があって、初めて成立する。


それを――

この年齢で、ここまで自然に成立させている。


「……厄介だねぇ」


口ではそう言いながら、目は笑っていた。


「おい、あんた」


ミランダが声をかける。


ナナはびくりと肩を揺らし、慌てて振り向いた。


「は、はいっ!」


軍服を正し、反射的に敬礼する。


「ナナ・二等兵です!」


その声には、まだ幼さが残っていた。

だが、立ち姿は崩れていない。


ミランダは一瞬だけ、目を細めた。


(……ちゃんと叩き込まれてる)


誰が教えたかは分かる。

アルトレスの軍規だ。


「そんなに固くならなくていいよ」


ミランダは、軽く手を振った。


「私は今日から、あんたの教官だ」


「……え?」


ナナが目を瞬かせる。


「え、あの……」


「ミランダ・コーチェラ」


名乗ると同時に、空気が変わった。


ナナの胸元の精霊紋が、ぴくりと反応する。

まるで、相手の“格”を悟ったかのように。


「……元魔術部隊総隊長だよ」


その言葉に、ナナの息が止まった。


「え……っ!?」


「昔の話さ」


ミランダは肩をすくめる。


「今はただの、くたびれたババアだ」


「……!」


「言っとくけどね」


ミランダは一歩前に出る。


「ババアをこき使うんじゃないよ、全く。まあ、あんたに言ってもしょうがないんだけどね」


その瞬間――


ナナの背後に、精霊たちの気配がざわめいた。


風が渦を巻き、

水が揺れ、

光が瞬き、

闇が沈み、

雷が弾ける。


無意識の反応。

だが、それは――暴走の前兆でもあった。


ミランダは、即座に気づく。


(……危うい)


「落ち着きな」


低く、しかし鋭い声。


「精霊は道具じゃない」

「感情をぶつける相手でもない」


ミランダは、ゆっくりと歩み寄る。


「精霊魔術ってのはね」


ナナの目を、まっすぐ見据える。


「力を“出す”魔術じゃない」

「力を“預かる”魔術だ」


ナナの呼吸が、わずかに乱れる。


「……っ」


「ほら」


ミランダは、自分の胸に手を当てた。


「息をしな」

「精霊と一緒にだ」


ナナは、震える声で息を吸い――

吐いた。


次第に、周囲の魔力が落ち着いていく。


精霊紋の光も、穏やかな輝きへと変わった。


「……できた」


ミランダは満足そうに頷く。


「やっぱり素質は本物だね」


ナナは、はっとして頭を下げた。


「あ、ありがとうございます……!」


「礼はいらないよ」


ミランダは背を向け、歩きながら言う。


「その代わり」


振り返る。


「今日から地獄だ」


ナナの背筋が、反射的に伸びた。


「朝から昼は、あの子たちの時間だろ」


「だから――」


「昼から夜まで、私が付き合う」


にやり、と笑う。


「精霊魔術はね」

「優しさだけじゃ、扱えない」


「覚悟、あるかい?」


ナナは、迷わなかった。


「……はい!」


その声には、もう震えはない。


ミランダは、その返事を聞いて鼻で笑った。


「よし」


「じゃあまず――」


「今日は、あんたの精霊を“全部”呼び出しな」


「……え?」


「安心しな」


「死なせはしない」


にっ、と歯を見せる。


「ババアは、元軍人さ、任せな」


第三訓練場に、再び風が走る。


これは――

新たな修行の始まり。


そして、ナナという少女が

“精霊魔術師として完成へ向かう”

最初の一歩だった。


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