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96話 受け継がれる役目


執務室の空気は、静かだった。


窓から差し込む午後の光が、書類の山と重厚な机を照らしている。

そこにいるのは三人。


アルトレス伯爵――ゼクロア・アルトレス。

軍総指揮官――ミリア・アルトレス。

そして、アルトレス軍魔術部隊総隊長――エリオラ・レヴィナント。


エリオラは直立不動の姿勢で、二人の前に立っていた。


「――報告します」


短く、はっきりとした声。


「ナナ二等兵が、精霊魔術の暴走状態に入りました」


一瞬、室内の空気が張り詰める。


ゼクロアは、すぐに声を荒げたりはしなかった。

ただ、困ったように、ほんの少しだけ眉を下げる。


「……三人目の暴走者、ですか」


その言葉は重かった。


これまでに起きた魔力暴走。

リオル、カイル、そして――ナナ。


偶然と言うには、あまりにも続きすぎている。


だが、その沈黙を破ったのはミリアだった。


「それだけ逸材が揃った、ということよ」


即答だった。


「普通の人間なら、そもそも暴走に至るほどの力すら持たない」


「力があるからこそ、制御を失う」


ミリアは、まっすぐエリオラを見る。


「悪い話じゃないわ」


エリオラは、ほんの一瞬だけ目を伏せたあと、静かに頷いた。


「……はい」


「現在、ナナ二等兵は医療班と連携し、応急処置と隔離を行っています」


「命に別状はありません。ただし――」


一拍置く。


「精霊との契約が不安定です」


その言葉に、ゼクロアが小さく息を吐いた。


「精霊魔術か……」


簡単に扱える力ではない。

人の意思だけではどうにもならない領域。


「エリオラ」


ゼクロアは、慎重に言葉を選びながら続ける。


「ナナの教官を、君に頼めないだろうか」


「……」


エリオラは、すぐには答えなかった。


脳裏に浮かぶのは、第三訓練場で走り込みを続けるリオルとカイルの姿。

呼吸、体、魔力、そのすべてを同時に見なければならない二人。


「……申し訳ありません」


はっきりと、断った。


「今は、あの子たちで手一杯です」


「中途半端に手を出せば、全員を壊しかねない」


だが、すぐに言葉を続ける。


「ですが、人材の手配はしてあります」


ゼクロアが、わずかに目を見開いた。


「……ほう?」


「ナナ二等兵の教官は――」


エリオラは、迷いなく告げる。


「ミランダ・コーチェラに任せます」


その名を聞いた瞬間、

ゼクロアの表情が、はっきりと変わった。


「まさか……」


「元・魔術部隊総隊長ですか?」


「はい」


エリオラは頷く。


「初代アルトレス軍魔術部隊総隊長」


「そして、精霊魔術師です」


ミリアが、ゆっくりと腕を組む。


「……あの人を、よく見つけたわね」


「見つけた、というより」


エリオラは小さく息を吐いた。


「最初から、そこにいました」


「山奥で、ひっそりと暮らしているだけです」


「もう話はつけてあります」


「条件も、承諾済みです」


ゼクロアは、しばらく黙って考え込んだあと、ゆっくりと頷いた。


「……わかりました」


「ミランダ・コーチェラに任せましょう」


「精霊魔術を教えるなら、彼女以上はいない」


決断は早かった。


エリオラは、深く一礼する。


「ありがとうございます」


執務室を出る直前、

ミリアがエリオラに声をかけた。


「エリオラ」


「はい」


「あなたが今、全部を抱え込まなくていい」


「それもまた、強さよ」


エリオラは、少しだけ口角を上げた。


「……肝に銘じます」


扉が閉まり、静寂が戻る。


ゼクロアは、窓の外を見ながら呟いた。


「時代が、動いていますね」


ミリアは、静かに頷いた。


「ええ」


「次の世代が、確実に育ち始めている」


その頃――

アルトレス領の山奥。


人知れず佇む一軒の家で、

白髪をひとつに束ねた老女が、静かに軍服に袖を通していた。


「……まったく」


小さく、だが楽しそうに笑う。


「今さら、呼び戻されるとはね」


ミランダ・コーチェラ。


アルトレス軍を創設した時の、最初の魔術師。

精霊と共に生き、精霊に選ばれた者。


その役目が――

再び、動き出そうとしていた。


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