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93話 港の匂い、褒美の時間



数日後。


朝から昼までの訓練を終えた夕方。

訓練場には、土と汗の匂いがまだ残っていた。


リオルとカイルは、最後の呼吸を整えながら立っている。

身体は重いが、不思議と気分は悪くない。


そこへ――


「よーし、集まったな」


聞き慣れた声。


振り向くと、腕を組んだエリオラが入口に立っていた。


「……何か、ありますか?」


リオルが聞くと、

エリオラは口の端を上げる。


「今から港の市場まで魚食いに行くぞ」


一瞬、時間が止まった。


「……は?」


「……え?」


二人の声が重なる。


「最近、よく頑張ってる」


エリオラはあっさり言った。


「だから褒美だ」


「いいから黙って着いてこい」


反論する間もなかった。


エリオラの足元に、無属性魔術の淡い光が走る。


次の瞬間――

彼女の姿が消えた。


「ちょっ……!」


少し先から声が飛ぶ。


「置いてくぞ!」


「……追うぞ!」


カイルが即座に走り出し、

リオルも無言で頷いた。


二人も無属性魔術を展開し、

夕暮れの街道を駆け抜ける。



港の市場は、夕方でも賑わっていた。


潮の香り。

焼き魚の煙。

威勢のいい呼び声。


「……港街」


リオルが、目を輝かせて呟く。


エリオラは迷いなく、一軒の店に入った。


【居酒屋 うおまる】


木の扉を開けると、

中は落ち着いた雰囲気だった。


「いつもの」


エリオラが席に着くなり言う。


「今日は私の奢りだ」


「たらふく食え」


ほどなくして運ばれてきたのは、

新鮮な魚の刺身盛り合わせ。


焼き魚。

煮魚。

揚げ物。


見ただけで分かる、新鮮さ。


「……すごい」


カイルが思わず声を漏らす。


「食べたことない魚ばっかだ……」


「アルトレスの港を舐めるな」


エリオラは鼻で笑う。


さらに、徳利と杯が置かれた。


「……これ」


リオルが目を留める。


「ドラゴン酒だ」


エリオラが言った。


「アルトレス産の米で作った酒」


「この領の誇りみたいなもんだ」


ふわりと漂う、甘く深い香り。


「……いい匂い」


カイルが正直に言う。


「残念だが」


エリオラはニヤリとする。


「ガキどもは飲むなよ?」


「20歳超えたら、また連れてきてやる」


「……ですよね」


リオルが苦笑する。


エリオラだけが杯を傾け、

二人は料理に集中する。


刺身を口に入れた瞬間――


「……うま……」


リオルの声が、自然と小さくなる。


「魚って、こんな味するんだな……」


カイルも目を丸くした。


しばらく、三人は黙々と食べ続けた。


やがて、

エリオラがぽつりと言う。


「……リオル」


「はい」


「カイル」


「……なんだよ」


「最近のお前ら」


「ちゃんと前に進んでる」


不意打ちの言葉だった。


「逃げねぇ」


「腐らねぇ」


「自分と向き合ってる」


エリオラは淡々と続ける。


「それができる奴は、強くなる」


二人は何も言えなかった。


「だから今日は褒美だ」


「また明日から地獄だけどな」


「……やっぱり」


二人が同時に呟き、

エリオラは声を上げて笑った。


「覚悟しとけ」


「強くなるってのは、そういうもんだ」


夕暮れの港。

賑わう市場。


訓練でも、戦いでもない時間。


リオルとカイルは、

魚の味と、酒の香り、

そしてエリオラの言葉を――


きっと、ずっと覚えている。


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