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91話 休みという名の距離

第2章 リオル修行編

91話 休みという名の距離


朝の第三訓練場は、いつもより静かだった。


差し込む朝日。

冷えた空気。

整えられた武具と、踏み固められた土。


――だが。


「……あれ?」


リオルは、自然と周囲を見回していた。


走り込みの準備をしながら、無意識に探してしまう影がある。

白い耳。

長い尾。

少しだけ不機嫌そうな横顔。


「……カイル、いない……?」


言葉にした瞬間、はっきりと分かった。


今日は、二人じゃない。


訓練場にいるのは――

リオル。

そして、少し離れた場所で腕を組むエリオラ。

後方で静かに立つヴォルクル。


それだけだった。


「……ミノンも……」


気づいて、胸の奥がわずかにざわつく。


いつもなら、二人ともいる。

それが当たり前になっていた。


エリオラは、ちらりとリオルを見る。


「気づいたか」


短い一言。


リオルは、少し迷ってから聞いた。


「……カイルは……?」


一瞬の間。


エリオラは、特別な感情を込めることなく、淡々と答えた。


「あいつは、今日は休みだ」


「……休み?」


リオルは目を瞬かせる。


訓練を休む、という言葉が、少しだけ現実味を持たなかった。


「体調、悪いんですか……?」


「まあな」


エリオラはそれ以上、説明しない。


ヴォルクルも、何も言わない。


その沈黙が、逆に「聞くな」と言われているようで、リオルは口を閉じた。


(……そうなんだ)


納得しきれない感覚が、胸の奥に残る。


「……ミノンは?」


「付き添いだ」


その一言で、全てがつながった。


カイルが休み。

ミノンがいない。


理由を深く考えなくても、状況だけは理解できる。


エリオラは、軽く手を叩いた。


「さて」


空気を切り替えるような仕草。


「今日はお前だけだ。余計なことは考えるな」


リオルは、小さく頷いた。


「……はい」


そう答えたものの、完全に切り替えられたわけではない。


(……大丈夫、かな)


胸の奥で、心配が小さく芽を出す。


だが、今は訓練だ。


「走るぞ」


エリオラの声が、訓練場に響く。


「呼吸を意識しろ。昨日までの延長だ」


「吸うな、吐け」


「魔力は“抑える”んじゃない。“流せ”」


リオルは、地面を蹴った。


一歩。

また一歩。


呼吸と足運びを合わせる。

胸の奥を通る魔力を、無理に掴まない。


(……落ち着いてる)


カイルがいない分、どこか空間が広く感じる。


だが同時に、

自分の動きが、よりはっきりと分かる。


「いい」


エリオラが短く言う。


「無駄が減ってきた」


リオルは、少しだけ息を整えながら走り続ける。


ヴォルクルは後方で、その背中を静かに見ていた。


(……表情、明るくなったな)


以前の、怯えるような硬さはない。


だが――

今朝は、時折、横を確認する癖が残っている。


いないと分かっていても、探してしまう。


「……」


ヴォルクルは、何も言わなかった。


言うべきことは、まだない。


しばらく走り込みが続き、エリオラが手を上げる。


「一旦止まれ」


リオルは、その場で呼吸を整える。


息は乱れていない。

魔力も、暴れていない。


(……できてる)


それは確かな手応えだった。


だが――


視線が、また一瞬、空いた場所へ向く。


そこに、カイルが立っているはずだった位置。


「……」


エリオラは、それを見逃さなかった。


だが、何も言わない。


今は、言う時じゃない。


「今日はこのあと、体術だ」


「無理はするな」


「だが、手は抜くな」


いつも通りの指示。


リオルは、少しだけ気持ちを切り替える。


「……はい」


訓練場に、再び足音が響き始める。


同じ朝。

同じ空。


だが――


ここにはいない者がいる。


その“欠けた一人”の存在が、

リオルの中に、静かな違和感として残り続けていた。


そしてその違和感は、

まだ言葉にならないまま、次の一歩へと連なっていく。

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