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85話 文字の中で、まどろむ虎

第2章 リオル修行編

85話 文字の森で、まどろむ虎


訓練場の片隅に設けられた簡易読書スペース。

踏み固められた土の床の上に、布を敷き、その上に分厚い魔術書が無造作に積まれている。


エリオラに放り投げられた百冊近い魔術書。

その中から、基礎的な属性魔術と術式構築に関する数冊を選び、

リオルとカイルは並んで座っていた。


「……この術式、回路の組み方が古いな」


リオルはページをめくりながら、小さく呟く。


「でも理屈は分かりやすい。

詠唱を全部使う前提で組まれてるから……」


隣では、カイルが腕を組み、同じ本を覗き込んでいた――はずだった。


「……」


返事がない。


リオルはちらりと横を見る。


カイルは本を開いたまま、背中を丸め、

白虎の耳がわずかに垂れ下がっている。


(……あ)


目を細めてよく見ると、

黄色い瞳は半分閉じかけ、まぶたがゆっくりと上下していた。


「……カイル?」


小さく声をかけても反応はない。


(集中、切れたんだ)


この数日、走り込みと筋トレと魔力操作。

その合間にこの量の読書だ。


無理もない。


リオルは少し考えてから、

そっと体を傾け、カイルの顔を間近で覗き込んだ。


近い。


驚くほど近い距離で、

寝かけたカイルの顔が視界いっぱいに入る。


白い睫毛。

少しだけ開いた口。

規則正しい呼吸。


(……ほんとに、寝てる)


その瞬間。


「――っ!?」


ぱちっと目が開いた。


目の前にあるリオルの顔。


近い。

近すぎる。


「ちょっ……!?」


カイルは勢いよく上体を起こし、

耳から首元まで一気に赤くなる。


「ち、近い……!

な、なんだよ……!」


「……起きてるか確認しただけ」


リオルは少しだけ首を傾げる。


「うとうとしてたから」


「うっ……」


図星だったのか、カイルは視線を逸らし、

ぶつぶつと文句を言い始める。


「わ、悪かったな……

文字、多いし……

こういうの、頭にくると眠くなるんだよ……」


「それ、集中力切れてる証拠」


淡々と返され、

カイルはぐっと言葉に詰まる。


「……うるさい」


そう言いながらも、

カイルはもう一度本を持ち直した。


「でもさ」


少し間を置いて、ぼそっと言う。


「こういうの、二人で読むのは……

まあ、悪くない」


リオルは一瞬だけ目を瞬かせ、

それから小さく頷いた。


「うん」


「一人だったら、たぶん寝てた」


「今も、半分寝てたけど」


「言うな!」


軽い言い合い。

張り詰めていた訓練の日々の中で、

ほんのわずかな、何でもない時間。


土の匂いと、紙の匂い。

遠くから聞こえる、他の訓練場の音。


リオルはページをめくりながら思う。


(……こういう時間も、悪くない)


隣で、カイルは目をこすりながら、

今度こそ真面目に文字を追い始めていた。


耳はまだ、少し赤いままだった。


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