84話 魔術という体系
訓練場の中央に、それは異様な光景として並べられていた。
「……本?」
リオルが、思わず声を漏らす。
踏み固められた土の床一面に積み上げられているのは、分厚い魔術書の山だった。
一冊一冊が辞書のように重く、背表紙には細かな文字で術名と等級が刻まれている。
ざっと見ただけでも――
百冊はくだらない。
「全部、魔術書だ」
カイルが喉を鳴らした。
「全部、実在して使われてきた魔術のな」
その背後から、低く落ち着いた声が降ってくる。
振り返ると、そこに立っていたのはエリオラだった。
腕を組み、いつものように余裕のある立ち姿。
「今日は魔術を“撃つ”日じゃない」
そう言って、足元の本の山を軽く蹴る。
「魔術を理解する日だ」
⸻
エリオラは一冊の魔術書を拾い上げ、表紙をこちらに向けた。
《火属性魔術・C級
──《フレア・バレット》》
「魔術にはランクがある」
淡々と、だがはっきりと言い切る。
「下から
D級、C級、B級、A級、S級」
「これは強さだけじゃない」
本を開き、中を見せる。
そこには複雑に組まれた術式図。
魔力の流れ、属性の変換、安定化のための補助構造。
びっしりと文字と線で埋め尽くされている。
「構築の難易度、詠唱の長さ、制御の繊細さ」
「それら全部を含めた“体系”だ」
リオルは、無意識に息を整えながら見つめていた。
(……こんなに、決まってるんだ)
「詠唱ってのはな」
エリオラが続ける。
「術式を頭の中で“完全に組み上げるための補助”だ」
「詠唱を省略すれば、その分――」
カイルが口を開く。
「術式を、最初から完成形で理解してないと使えない」
エリオラはニヤリと笑った。
「正解」
「だから詠唱破棄は、普通は軍幹部クラスからだ」
「中途半端に省けば、威力は落ちる、精度は落ちる、最悪暴発する」
エリオラは、二人を見下ろす。
「……なのに」
赤い魔力が、指先に灯る。
ごく小さな火球。
詠唱はない。
だがその火球は、歪みも揺らぎもなく、完璧な形をしていた。
「お前らは、性能も純度も落ちてねぇ」
「イカれてる」
はっきり言い切って、エリオラは豪快に笑った。
「最高だ」
⸻
エリオラは、再び本の山を示す。
「この百冊はな」
「D級からS級までの代表的な術式が全部載ってる」
「火・水・氷・土・雷・光・闇」
「それぞれの属性で、
“どう魔力を流し、どう構築し、どう安定させるか”が書いてある」
「無属性魔術は?」
リオルが聞く。
「無属性は基本、流れだけだ」
「だから詠唱破棄が前提」
「だが属性魔術は違う」
エリオラは、自分の胸を指で叩いた。
「属性は“性質”だ」
「魔力に色を与え、方向を縛る」
「だからこそ、術式という枠が必要になる」
赤い魔力が、ふっと消える。
「リオル」
「はい」
「お前は、水と火」
「カイル」
「……はい」
「お前は氷」
「それ以外は、今は考えるな」
エリオラの声は、冗談めいていない。
「属性を欲張ると、どれも中途半端になる」
「まずは“自分の色”を完璧にしろ」
⸻
エリオラは、最後にこう言った。
「今日は撃たせない」
「読むだけだ」
「構築を“頭に染み込ませる”」
「D級から順番にだ」
カイルが、引きつった笑みを浮かべる。
「……百冊?」
「逃げんな」
即答だった。
「これは“才能”の話じゃねぇ」
「軍として生き残るための基礎教養だ」
リオルは、分厚い魔術書を一冊手に取った。
ずしり、と重い。
だが――
不思議と、嫌ではなかった。
(……魔術って)
(……ちゃんと、道があるんだ)
今まで感覚で触れていたものが、
言葉と形を持って目の前に現れた。
「……やります」
小さく、だが迷いなく言う。
エリオラは、それを聞いて満足そうに頷いた。
「よし」
「じゃあ覚悟しろ」
「ここからは――」
不敵に笑う。
「脳筋じゃ、通れねぇ」
訓練場に、ページをめくる音が静かに響き始めた。
それは、
リオルとカイルが“魔術師”として
一段階、深い場所へ踏み込んだ瞬間だった。




