82話 再び、動き出す訓練場
二日間の休養が明けた朝。
アルトレス軍施設の通路には、再び規則正しい足音が戻ってきていた。
「……今日から、また始まるんだな」
リオルは、軍支給の訓練服に袖を通しながら、小さく息を吐いた。
一か月間、休みなく続いた修行。
その合間に挟まれた、わずか二日間の座学漬け。
身体は休めたはずなのに、どこか落ち着かない。
それは――
訓練が、日常になりつつある証だった。
隣を歩くカイルが、いつもの調子で肩をすくめる。
「休み明けが一番キツいんだよな、こういうの」
「……うん」
リオルは小さく頷いた。
二人が向かっているのは、第三訓練場。
エリオラ直属――
リオルとカイルだけの、特別な場所だ。
⸻
アルトレス軍の訓練施設は、明確に区分されている。
魔術部隊、剣術部隊、空撃部隊。
それぞれに専用宿舎と、三つずつの訓練場がある。
そして――
新人訓練二年制度。
一年目は「基礎組」。
二年目は「応用組」。
魔術、剣術、体術。
すべてを叩き込まれる期間だ。
基礎組・応用組の新人たちは、
魔術部隊の訓練場を借りる形で、日々の訓練を行っている。
三年目から、適性に応じて各部隊へ正式配属。
魔術部隊、剣術部隊、空撃部隊。
治癒魔術の適性があれば、医療班へ。
リオル、カイル、ナナも――
今は新人用宿舎で生活している。
ただし。
リオルとカイルだけは、完全に別枠だった。
⸻
通路を進んでいると、廊下の向こう側から声が聞こえてくる。
「基礎組、姿勢が甘い!
魔力を流す前に、身体を整えろ!」
マシュウの張りのある声だ。
扉越しに聞こえる、床を踏みしめる音。
必死に息を整える新人たちの気配。
さらに先の通路を曲がると、別の訓練場からは、まったく違う空気が伝わってくる。
「止まるなぁ?
立ってるだけで毒が回るぞ〜?」
明るく、甘ったるい声。
だが内容は、地獄。
ナノカ・マキシム。
応用組担当、副隊長補佐。
毒魔術と闇属性を織り交ぜた、
逃げ場のない応用訓練。
遠目からでも分かる。
あそこは、見学する場所じゃない。
「……相変わらずだな」
カイルが苦笑する。
「うん……」
リオルも、自然と足早になった。
⸻
第三訓練場。
ここだけは、他と明確に違う。
仕切りが高く、外からは中の様子が見えない。
音も、ほとんど漏れない。
完全に隔離された空間。
扉を開けると、すでにそこには――
エリオラ・レヴィナントがいた。
腕を組み、壁にもたれたまま、二人を一瞥する。
「遅くないな」
それだけ言って、顎で中央を示す。
「休み明けだ。
まずは確認から入る」
「呼吸」
「姿勢」
「魔力の流れ」
淡々と、だが逃げ道はない。
リオルは一歩、前に出た。
胸の奥で、魔力が静かに応じる。
以前のような、暴れる感覚はない。
呼吸とともに、整然と巡る。
(……できる)
確信が、あった。
カイルも同じだ。
以前のような焦りはない。
エリオラは、二人の様子を見て、口角をわずかに上げた。
「いい顔してるじゃないか」
「サボってたようには見えない」
それは、褒め言葉だった。
ヴォルクルとミノンは、訓練場の後方。
護衛として控えながら、静かに二人を見守っている。
以前よりも距離はある。
だが――
それは、信頼の距離だった。
「……よし」
エリオラが、手を叩く。
「今日から、また一段階上げる」
「動きながら、だ」
その言葉に、リオルの背筋が伸びた。
休みは終わった。
だが――
身体は、確実に前よりも“できている”。
訓練は、再開された。
静かに、確実に。
次の段階へ向けて。




