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79話 考えごとと一皿分の距離



夜の食堂は、昼間とはまるで違う顔をしていた。


騒がしさはなく、

聞こえるのは食器が触れ合う小さな音と、

どこか落ち着いた話し声だけ。


その中で、

リオルは一人、端の席に座っていた。


軍支給のジャージ姿。

昼間の訓練の名残が、体のあちこちに残っている。


目の前の皿には、


鶏もも肉のグリル焼き。

こんがり焼けた皮から、香ばしい匂いが立っている。

横には、熱々のオニオンスープ。

そして、バケットが二切れ。


「……魔力は、出すもんじゃない……」


フォークを持ったまま、

リオルは小さく呟いた。


「……流す……」


昼間の光景が、何度も頭の中で再生される。


エリオラとヴォルクル。

動きながら、乱れない呼吸。

魔力を“使っている”感覚すらない、あの戦い。


「……ぼく、考えすぎなのかな……」


無意識に、フォークで鶏肉を突く。


だが、口には運ばない。


考えが、止まらなかった。


その様子を、

少し離れた場所から見つけた人物がいた。


カイルだった。


同じく軍支給のジャージ姿。

トレーの上には、

湯気を立てるビーフシチューと、バケット。


「……あ」


リオルが一人なのに気づき、

カイルは一瞬、足を止める。


そして、にやっと笑った。


(……なに一人で難しい顔してんだよ)


音を立てないように、

リオルの背後から回り込み――

向かいの席に、どかっと座る。


だが。


「……流れ……呼吸……」


リオルは、まったく気づいていなかった。


目の前の皿も、

向かいに座った存在も、

完全に意識の外。


「……」


カイルは、じっとリオルの皿を見る。


鶏もも肉のグリル。

一番いいところが、まだ残っている。


「……」


少しだけ、口角が上がった。


「もーらい」


次の瞬間。


ぱくっ。


フォークも使わず、

手でつかんで、豪快に一口。


「……うま」


その声で、

ようやくリオルの思考が止まった。


「……え?」


顔を上げる。


目の前には、

鶏もも肉を咀嚼しているカイル。


そして――

自分の皿。


「……」


一拍。


「……ぼくの……」


皿を見る。

もう一度、見る。


「……ぼくの……お肉……」


声が、少し震えた。


「……それ……」


リオルの肩が、がくっと落ちる。


「……まだ、半分……楽しみに……」


明らかに、しょんぼりしていた。


その様子に、

カイルは一瞬、目を見開き――


「っ、わ、悪い!!」


慌てて立ち上がる。


「そんな落ち込むと思わなかった!」


「……ひどい……」


リオルは、小さく呟く。


「……今日の、ごはん……」


完全に、心が折れている。


「わ、わかったって!」


カイルは、急いでトレーを引き寄せる。


「ほら!これやるから!」


ビーフシチューの皿を、

リオルの前に差し出す。


「これ、めっちゃうまいぞ!」


「……」


リオルは、ちらっと見るだけで、

まだ立ち直らない。


「……ごめん……」


カイルは、少し居心地悪そうに頭を掻き――

スプーンを取った。


「……じゃあさ」


スプーンですくったビーフシチュー。

とろりとしたルーに、柔らかそうな肉。


「……はい」


リオルの口元へ、差し出す。


「……え?」


「謝罪だ、謝罪」


少し照れたように、

目を逸らしながら言う。


「……食え」


リオルは、一瞬固まった。


「……あ、あーん……?」


「うるさい!早く!」


少し強引に、

スプーンが近づく。


「……」


少し迷ってから、

リオルは口を開けた。


「あ……」


スプーンが、口の中に入る。


濃厚な味。

柔らかい肉。

温かい。


「……おいしい……」


ぽつりと、素直な感想。


それを聞いて、

カイルはほっと息をついた。


「だろ」


もう一口。


「……ほら」


「あ……」


もう一口。


気づけば、

リオルの表情から、さっきの沈みは消えていた。


「……ごめん」


改めて、カイルが言う。


「勝手に食って」


「……うん」


リオルは、小さく頷く。


「……でも……」


少しだけ、間を置いて。


「……あれは、ちょっと……悲しかった」


「……悪かったって!」


カイルは、慌てて言う。


その様子に、

リオルは小さく笑った。


「……でも」


「ありがとう」


その一言に、

カイルは一瞬、言葉を失った。


「……別に……」


視線を逸らし、

ぶっきらぼうに言う。


「……考えごと、してたのか」


「……うん」


「昼のやつ?」


「……うん」


二人は、しばらく黙って食べた。


夜の食堂は、静かだ。


「……なぁ」


カイルが、ぽつりと言う。


「今日のさ」


「……俺、ちょっと楽しかった」


リオルは、驚いて顔を上げる。


「……え?」


「前はさ」


「悔しいだけだった」


スプーンを置き、

カイルは前を見る。


「でも今は」


「……追いかけるの、嫌じゃねぇ」


その言葉を聞いて、

リオルの胸が、少しだけ軽くなった。


「……ぼくも」


小さく、そう答える。


二人の前には、

もう一皿分の距離しかなかった。


夜は、まだ長い。



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