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78話 流れの中で戦うということ



訓練場に、乾いた足音が響いていた。


リオルは、走っている。


ただ走るだけではない。

呼吸を意識し、魔力を保ったまま、動く。


だが――


「……っ」


一歩、踏み込んだ瞬間。

胸の奥で、魔力の感覚が乱れた。


「止めるな!」


エリオラの声が飛ぶ。


「崩れても、走れ!」


リオルは歯を食いしばり、足を前に出す。


掌には、うっすらと水の感触。

形にはなっていない。

だが、確かに“そこにある”。


……はずだった。


次の瞬間。


水の感覚が、霧のように散った。


「……っ!」


「今の、何だ」


エリオラが問う。


「……呼吸が、ずれました」


即答だった。


「足に意識を持っていかれました」


「だな」


エリオラは、淡々と頷く。


「じゃあ、次」


そう言われ、再び走る。


だが結果は同じだった。


動けば、魔力が薄れる。

魔力を意識すれば、動きが鈍る。


カイルも同様だった。


冷気を保とうとすれば、足が止まり、

走ろうとすれば、魔力が霧散する。


「……くそ」


カイルが、思わず舌打ちする。


「できねぇ……」


エリオラは、二人を見比べ――

小さく息を吐いた。


「……そりゃ、無理だ」


二人が顔を上げる。


「今のお前らはな」


エリオラは、後ろを振り返った。


訓練場の端。

影のように控えていた人物に向けて、声を投げる。


「ヴォルクル」


名を呼ばれた瞬間、

ヴォルクルは一歩前に出た。


「はい」


「ちょっと出ろ」


その一言に、リオルとカイルは目を見開く。


「え……?」


エリオラは続けた。


「無属性だけだ」

「魔術は禁止」

「魔力の“流れ”だけで、相手してもらう」


ヴォルクルは、一瞬だけ視線をリオルに向け、

それから静かに頷いた。


「承知しました」


エリオラは、軽く首を回す。


「じゃあ、始めるぞ」


合図も、詠唱もない。


次の瞬間――

ヴォルクルの足が、音もなく地面を蹴った。


速い。


だが、荒さはない。


呼吸に合わせて、

体の内側を流れる魔力が、自然に全身へ巡っている。


「……っ!」


リオルは、思わず息を呑んだ。


(……魔力、見えない……)


派手な光も、属性の色もない。

それなのに――

ヴォルクルの動きには、確かな“圧”があった。


拳に、うっすらと魔力が纏わりつく。


無属性魔術。

ただ、流れを整え、身体能力を底上げするだけの技。


それでも。


ヴォルクルの拳は、鋭かった。


一直線に、エリオラへ。


だが――


「甘い」


エリオラは、半歩ずらしただけだった。


拳は空を切る。


同時に、エリオラの肘が、ヴォルクルの脇腹を狙う。


ヴォルクルは、呼吸を切らさない。


体をひねり、受け流す。


ぶつかることなく、

二人の動きは、流れるように交錯する。


攻撃と回避。

踏み込みと退き。


どちらも速い。

だが、決して乱れない。


「……これが……」


カイルが、呆然と呟く。


「動きながら、魔力を保つ……」


「違う」


エリオラの声が、戦いの合間に響く。


「動きそのものが、魔力の流れだ」


その言葉に、リオルの胸が強く鳴った。


ヴォルクルの呼吸は一定だった。


吸って、吐く。

動きに合わせて、自然に。


魔力は“出そう”としていない。

ただ、巡っている。


一瞬の隙。


エリオラの拳が、ヴォルクルの胸元に届く――

直前で、寸止めされた。


「……ここまでだ」


二人は同時に動きを止めた。


息は、乱れていない。


まるで、短い散歩をしてきただけのように。


沈黙。


リオルは、自分の手を見つめる。


(……全然、違う)


技術だけじゃない。

力だけでもない。


「……これが、完成形の一つだ」


エリオラは、二人に向き直る。


「だから言っただろ」

「今のお前らじゃ、無理だ」


だが、その声は冷たくなかった。


「でもな」


一拍。


「目指す先は、ちゃんと見えただろ」


リオルは、ゆっくりと頷いた。


「……はい」


失敗した。

できなかった。


それでも。


(……あそこまで、行ける)


そう思えた。


それだけで、今日の訓練には意味があった。


エリオラは、背を向けて言った。


「今日は終わりだ」

「頭に叩き込んどけ」

「魔力は、出すもんじゃない」

「流すもんだ」


その背中を、

リオルは強く、目に焼き付けた。


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