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77話 立ち続けるということ



訓練場には、朝の空気がまだ残っていた。


地面に敷かれた石畳は冷たく、

その感触が足裏を通して、はっきりと伝わってくる。


リオルは、まっすぐに立っていた。


腕を前に伸ばし、掌を上に向ける。

そこには――淡い水の球。


大きさは、握りこぶしほど。

揺れはあるが、崩れてはいない。


「……目、逸らすな」


エリオラの声が、静かに響く。


「でも、見すぎるな」


相反する言葉。

だが、リオルは理解し始めていた。


(……水だけを見ちゃ、だめだ)


呼吸に意識を戻す。

吸って、吐く。


胸だけでなく、腹まで使う。

昨日まで繰り返した動き。


だが――


水の球が、わずかに震えた。


「……っ」


腕に、力が入る。


「力、入れたな」


即座に指摘が飛ぶ。


「止めようとするな」

「合わせろ」


エリオラは、二人の前をゆっくりと歩きながら続ける。


「魔力はな、

 出した瞬間より、その後が厄介だ」


「出すだけなら、才能で誤魔化せる」

「でも、保つのは違う」


リオルは、歯を噛みしめる。


腕が重い。

肩が張る。

それでも、水の球は消えていない。


だが、安定しているとも言えなかった。


(……呼吸だけじゃ、足りない)


そう思った瞬間、

エリオラの言葉が重なる。


「立て」


「“立つ”ってのはな、

 足だけの話じゃねぇ」


「地面」

「重心」

「背中」

「首」


「全部だ」


リオルは、足裏に意識を落とす。

石畳の冷たさ。

わずかな凹凸。


そこから、背筋へ。

腹へ。

呼吸へ。


すると――

水の球の揺れが、すっと収まった。


「……そうだ」


エリオラの声が、少しだけ低くなる。


「今の感覚、忘れるな」


少し離れた場所では、カイルも同じ訓練をしていた。


掌の上にあるのは、冷気を帯びた魔力。

まだ氷にはならない。

形も曖昧だ。


「……くそ……」


呼吸が乱れた瞬間、

冷気が霧散する。


「今のは?」


エリオラが問う。


「……焦った」


カイルは、短く答えた。


「だな」


エリオラは頷く。


「感情が先に出た」


「魔力は、正直だ」

「気持ちが先に走ると、必ず崩れる」


カイルは唇を噛みしめた。


(……前より、見えてる)


前なら、ただ悔しかった。

今は、何が原因かが分かる。


それだけで、確かな成長だった。


時間が経つにつれ、

二人の呼吸は少しずつ揃っていく。


水の球は小さく揺れながらも、消えない。

冷気も、完全には散らない。


だが、疲労は確実に溜まっていた。


腕が震える。

脚が重い。


「……」


それでも、エリオラは何も言わない。


止めろとも、続けろとも。


ただ、見ている。


リオルの視界が、少しだけ霞む。


(……まだ、立てる)


そう思った瞬間――

水の球が、ふっと歪んだ。


「……っ」


「今だ」


エリオラの声。


「解除しろ」


二人は、同時に意識を緩めた。


水の球は、静かに消え、

冷気も空気に溶ける。


大きく崩れることはなかった。


「座るな」


すぐに言葉が飛ぶ。


「立ったまま、呼吸を整えろ」


二人はその場で、ゆっくりと息を吐いた。


肺が痛い。

だが、頭は冴えている。


「いい」


エリオラは、はっきりと言った。


「この前は“出した”」

「今日は“保った”」


「次は――」


一拍。


「動かしながら、崩さない」


リオルの胸が、わずかに高鳴る。


それは恐怖ではなく、

次の段階が見えたことによる緊張だった。


エリオラは、背を向けて歩き出す。


「今日はここまでだ」


「とっとと休め」

「体が覚える前に、魔力の流れを壊すなよ」


何も言わなかったが、

それが今日一番の評価だった。


リオルは、空になった掌を見つめる。


確かに、まだ不安定だ。

だが――


(……立ててた)


それだけで、十分だった。


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