76話 1ヶ月の答え
修行を始めてから、ちょうど一か月が経っていた。
第三訓練場の空気は、朝から張り詰めている。
土の匂い、汗の匂い、そして――魔力が滞留しない、澄んだ感覚。
リオルとカイルは、並んで立っていた。
一か月前と比べれば、明らかに違う。
細いながらも無駄のない筋肉がつき、姿勢が崩れない。
呼吸は浅くも乱れず、自然に体の奥へと落ちている。
ひょろひょろだった頃の面影は、もうない。
「……止まれ」
エリオラの声が、訓練場に落ちた。
二人は同時に足を止める。
息は荒れていない。
だが、全身に確かな疲労が溜まっているのが分かる。
エリオラは腕を組んだまま、二人を見下ろした。
「走り込み、筋力、呼吸。
一か月分の地獄は、だいたい仕込んだ」
カイルが小さく喉を鳴らす。
「……で?」
「成果を見る」
即答だった。
エリオラは一歩前に出る。
「魔力を出してみろ」
その言葉に、二人の空気が一瞬だけ変わる。
以前なら、恐怖が先に来ていた。
魔力=制御できないもの。
出した瞬間に壊れるかもしれないもの。
だが今は――違う。
リオルは、静かに息を吐いた。
深く、ゆっくりと。
(……大丈夫)
胸の奥にある“それ”は、騒がない。
ただ、そこに在るだけだ。
リオルの掌に、淡い水の球が生まれた。
揺れない。
暴れない。
呼吸と同じリズムで、静かに回転している。
エリオラの目が、わずかに細くなる。
「……続けろ」
リオルはもう一度、息を整える。
次の瞬間――
水の球の横に、小さな火の球が灯った。
水と火。
相反するはずの二つが、同時に存在している。
だが、ぶつからない。
弾けもしない。
ただ、そこにある。
ヴォルクルとミノンは、後方で息を潜めていた。
守る位置のまま、視線を逸らさない。
(……暴走していない)
それだけで、異常だった。
「……ちっ」
隣で、カイルが舌打ちする。
だがその表情に、焦りはない。
悔しさはある。
けれど、以前のような苛立ちはなかった。
「負けてらんねぇな」
そう呟いて、カイルも魔力を解放する。
冷気が、空気を撫でた。
瞬間、彼の手の中に氷が形成される。
剣の形。
だが以前よりも、輪郭がはっきりしている。
魔力の漏れが少ない。
無駄がない。
「……安定してる」
エリオラは、淡々と評価した。
「余計な力みが消えたな、カイル」
「……自覚ある」
カイルは肩で息をしながらも、少しだけ口角を上げた。
「前より、頭に血が上らなくなった」
その言葉に、リオルは小さく目を瞬かせる。
エリオラは、二人の魔力が完全に落ち着いたのを確認してから、短く告げた。
「合格だ」
二人同時に、息を吐いた。
「暴走はない。
制御できている。
体も、ようやく器として形になった」
エリオラは腕を組み直す。
「ここまでは準備だ」
その一言で、場の空気が変わる。
「次の段階に入る」
リオルとカイルは、自然と背筋を伸ばした。
「――魔術だ」
その言葉は、宣言だった。
「理屈は、もう頭に入ってるはずだ。
一か月、座学もやらせたからな」
「だから、次は――」
エリオラは、わずかに笑う。
「実践に落とす」
カイルが、ぐっと拳を握る。
リオルは、自分の掌を見つめた。
水も、火も。
怖くなかった。
(……できる)
そう思えたことが、何よりの変化だった。
エリオラは、二人に背を向けて歩き出す。
「今日はここまでだ」
「明日からが、本番だぞ」
振り返らずに、そう言い残す。
リオルとカイルは、並んで立ったまま、その背中を見送った。
一か月の修行は、終わった。
そして――
本当の修行が、ここから始まる。




