75話 支える者たちの言葉
夕方の訓練場は、昼間とは違う静けさに包まれていた。
日が傾き、石畳に長い影が伸びる。
空気はまだ熱を残しているが、どこか穏やかだ。
訓練を終えたリオルは、地面に座り込み、膝に手をついて息を整えていた。
胸は上下し、額から汗が伝い落ちる。
「……はぁ……」
以前なら、もう立ち上がれなかったはずだ。
だが今は、疲れてはいるものの、意識ははっきりしている。
そこへ、足音が近づいてきた。
「よく頑張りましたね」
穏やかな声。
ミノンだった。
その隣には、いつものように無言で立つヴォルクルの姿がある。
「……ヴォルクル、ミノン」
リオルは顔を上げ、少し照れたように言った。
「今日は、きつかった……」
「でしょうね」
ミノンは小さく笑う。
「エリオラ様の訓練ですから。
あれは……知っていないと、ただの地獄です」
ヴォルクルが、低く息を吐いた。
「……知ってる側だと、もっと地獄だがな」
その言葉に、リオルは少し驚いた。
「……え?」
ミノンは、リオルの表情を見てから、静かに続ける。
「ヴォルクルさんも、軍にいた頃は……
副隊長補佐候補でしたよね」
ヴォルクルは一瞬だけ目を細めたが、否定はしなかった。
「……ああ」
短い返事。
「だから分かる。
エリオラの訓練が、どれだけ体と心を削るか」
リオルは、思わずヴォルクルを見つめた。
「……ヴォルクルも、あんなことしてたの?」
「似たようなもんだ」
ぶっきらぼうだが、どこか懐かしむような声音。
「逃げ場も、手加減もない。
だが――意味がないことは、絶対にやらせねえ」
ミノンも、静かに頷いた。
「私も、ウィステリア帝国時代に鍛えられました」
淡々とした口調。
「理不尽な訓練もありましたが……
エリオラ様のものは、違います」
「“壊さない”と分かっている訓練です」
その言葉に、リオルの胸が少しだけ軽くなる。
「……そっか」
ヴォルクルは、リオルの前にしゃがみ込んだ。
そして、何の前触れもなく――
その頭に、ぽん、と手を置いた。
「……?」
「よくやってる」
短い言葉。
だが、その手は温かく、力があった。
「最初の頃に比べて、立ち方が違う。
呼吸も、目線も、声もだ」
「前はな……
どこか“縮こまって”た」
ヴォルクルは、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「今は、ちゃんと前を向いてる」
リオルは、驚いたように目を瞬かせた。
「……ほんと?」
「ああ」
即答だった。
ミノンも、柔らかく微笑む。
「表情が、明るくなりました」
「無理をして笑っている感じではなくて……
自然に、です」
リオルは、少し照れたように視線を逸らした。
「……自分じゃ、よく分からないや」
「分からなくていい」
ヴォルクルは、手を離しながら言った。
「変わってるってのは、
周りが気づくもんだ」
夕方の風が、三人の間を抜けていく。
訓練場の向こうでは、空がゆっくりと茜色に染まっていた。
「……リオル様」
ミノンが、静かに声をかける。
「今のあなたは、一人で耐えているわけではありません」
「ちゃんと、支えられています」
リオルは、胸の奥に広がる温かさを感じながら、小さく頷いた。
「……うん」
それは、修行の疲れとは別の――
確かな“安心”だった。
今日も、きつかった。
明日も、きっときつい。
それでも。
自分のそばに、
同じ痛みを知る人たちがいる。
その事実が、
リオルをもう一度、立たせていた。




