71話 重さを知る朝
朝の空気は、今日も冷たかった。
第三訓練場。
高い壁に囲まれたその場所には、すでに三人の姿があった。
リオルとカイル。
そして、二人の前に腕を組んで立つエリオラ。
「呼吸」
短い声が落ちる。
リオルは背筋を伸ばし、ゆっくりと息を吐いた。
胸ではなく、腹の奥から。
昨日まで、何度も叩き込まれた感覚。
逃げないための呼吸。
魔力に縋らないための呼吸。
――できる。
そう自覚した瞬間、エリオラは何も言わず、視線を外した。
カイルも同じように呼吸を整えている。
荒さは残っているが、乱れてはいない。
しばらくの沈黙のあと、
エリオラは足元の木箱を蹴った。
中から、金属の重りが姿を見せる。
「次だ」
それだけだった。
⸻
腹筋。
背筋。
腕。
脚。
数は告げられない。
終わりも告げられない。
ただ、止まれば分かる。
止まった瞬間、やり直しになることを。
重りは最初から付けられた。
動くたび、体が軋む。
筋肉が悲鳴を上げる。
だが、呼吸だけは崩さない。
リオルは、歯を食いしばりながら動き続けた。
(……立っていられる)
昨日までの自分なら、もう倒れていた。
それが分かる。
カイルの方を見る余裕はない。
だが、気配だけは感じていた。
互いに、同じ地獄に立っている。
エリオラは、何も言わない。
声をかけない。
助けもしない。
ただ、見ている。
⸻
「外……市場まで走れ、以上だ」
それが合図だった。
重りを付けたまま、訓練場を出る。
街道に出ると、朝の市場が見えてきた。
人の声。
商人の呼び込み。
生活の匂い。
だが、走る。
脚が上がらない。
肺が焼ける。
それでも、走る。
途中で、カイルが一瞬だけよろめいた。
だが、倒れなかった。
リオルも、同じだった。
避けることはできる。
立っていられる。
それが、今の限界。
⸻
市場に着いた頃には、
二人とも声を出す余裕は残っていなかった。
エリオラは無言で露店に向かい、短く注文する。
手渡された紙包み。
中から、温かさが伝わってきた。
市場の端。
木製のベンチ。
三人は並んで腰を下ろす。
リオルは、ゆっくりとタマゴサンドをかじった。
柔らかいパン。
少し甘い卵。
体に、熱が戻ってくる。
カイルが、小さく息を吐く。
「……うま」
リオルは、何も言わずに頷いた。
エリオラは、最後まで無言だった。
食べ終えると、立ち上がる。
二人を見下ろし、短く告げる。
「今日は、とことん休め」
それ以上は何も言わなかった。
⸻
重い朝だった。
だが、確かに前に進んだ朝でもあった。
リオルは、ベンチに座ったまま空を見上げる。
(……できることが、増えてる)
まだ勝てない。
まだ足りない。
それでも――
逃げずに、立っていられる。
それだけで、今日は十分だった。




