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69話 立っているだけなのに異常



訓練場の端。


リオルは、ただ立っていた。


剣を持っているわけでもない。

魔術を使っているわけでもない。

走っているわけでも、避けているわけでもない。


それなのに――


「……なんだ、あれ」


ぽつりと漏れた声は、マシュウだった。


基礎組の指導を終え、応用組の様子を遠巻きに確認していた彼女は、眉をひそめる。


(おかしい)


感覚で、そう思った。


リオルの周囲だけ、空気が違う。


応用組エリアから漏れてくる魔力の余波。

ナノカの闇属性と毒魔術が混じり合った、重く刺すような圧。


普通なら、基礎組の子どもが近くにいるだけで、呼吸が乱れる。


だが。


(……リオルだけ、揺れてない)


立ち姿は相変わらず頼りない。

背も高くないし、筋肉もまだ薄い。


それなのに、足元が“沈まない”。


魔力の圧に押されていない。


「……あの子、何してるの?」


マシュウが小さく呟いた。


何もしていない。

だからこそ、異常だった。


本来、魔力の圧というのは――

抵抗するか、逃げるか、どちらかの反応を引き起こす。


だが、リオルはどちらでもない。


(……受けてる?)


いや、違う。


(……流してる)


水が岩に当たって、左右に分かれるように。

圧を“受け止めず”、自然に抜いている。


それは、技術ではない。

教えられてできるものでもない。


(……生まれつき?)


マシュウは、ぞくりと背筋に寒気を覚えた。


呼吸だけ。

姿勢だけ。


それだけを教わって、ここまで来る?


「……エリオラ隊長」


視線を移すと、少し離れた場所で腕を組むエリオラの姿があった。


彼女は、何も言わない。

ただ、リオルを見ている。


(……知ってる顔だ)


“期待している”人間の目。



一方、その頃。


医療棟は、いつもより慌ただしかった。


「次、毒症状三人!」


「循環阻害、下肢から来てます!」


「解毒符、準備急いで!」


担架が次々と運び込まれる。

顔色の悪い若者たち。

痺れ、吐き気、魔力循環の乱れ。


エド・イレイユスは、手際よく指示を出しながら、その様子を見ていた。


「……また、来ましたか」


淡々とした声。


症状を確認し、脈を取り、瞳を見る。


「闇属性毒。作用速度が早い。

 神経系と魔力経路、両方に影響」


看護師が頷く。


「ナノカ副隊長補佐の……?」


「ええ」


エドは小さく息を吐いた。


「“あいつの修行という名の地獄”が、始まったようですね……」


誰かが苦笑する。


「毎回、死人が出ないのが不思議です」


「出さないようにしているだけですよ」


エドは、淡々と解毒処置を進める。


「壊す寸前で止める。

 あの人の加減は、そういう意味で正確です」


次の患者に移る。


「……ん?」


エドの手が、ふと止まった。


「この子は……」


若い少年。

完全に倒れているが、魔力循環が極端に乱れてはいない。


「毒は浅い。

 むしろ……」


視線を細める。


「基礎が出来ていますね」


付き添いの兵が言う。


「立っていたそうです。

 最後まで」


エドは、一瞬だけ考え――

小さく頷いた。


「……そうですか」


その“立っていた”という情報が、すべてを物語っていた。


「回復は早いでしょう。

 安静に」


そう告げて、次へ。


だが、その表情はわずかに引き締まっていた。


(……応用に耐え始めているか)


それは、成長の兆し。

同時に、危険の前触れでもある。



訓練場。


応用組が解散し、空気が少しずつ軽くなっていく。


リオルは、その場に立ったまま、静かに息を吐いた。


(……すごかった)


倒れていく人たち。

ナナが、最後まで立っていたこと。


そして――

自分自身の体。


(……苦しく、なかった)


怖さはあった。

でも、暴れなかった。


胸の奥の“何か”は、静かだった。


そこへ、足音。


「……なあ」


エリオラだった。


見下ろすような視線。


「お前、何かしたか?」


「……いえ」


正直に答える。


「……呼吸だけ、です」


一瞬。


それから、エリオラは小さく笑った。


「だろうな」


腕を組み、空を見上げる。


「……立ってるだけで異常だな」


その言葉は、叱責ではない。

評価でもない。


ただの事実だった。


「覚えとけ」


エリオラは、リオルを見下ろす。


「“何もしてない時”の自分を」


「それが、お前の基準だ」


リオルは、静かに頷いた。


(……基準)


まだ、剣も振れない。

魔術も使えない。


それでも――

“立っているだけ”で、周囲を変えてしまう。


その意味を、リオルはまだ知らない。


だが、この日。


確かに、誰かが気づき始めていた。


――この少年は、

 力を振るう前から、すでに“異常”だと。


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