67話 白虎の牙、届かぬ背中
訓練場は、朝から騒がしかった。
剣がぶつかる音。
魔術が空を裂く音。
怒鳴り声と、笑い声。
いつもと変わらない――はずなのに。
(……くそ)
カイル・アーリトレットは、壁際で腕を組み、歯を噛みしめていた。
視線の先にいるのは、赤髪の女――
アルトレス軍魔術部隊総隊長、エリオラ・レヴィナント。
そして、そのすぐ隣。
「……」
リオル・アルトレス。
細い体。
白い髪。
一見すれば、風が吹けば倒れそうな少年。
なのに。
(なんで……あいつが)
エリオラのすぐ横に立っている。
それが、どうしても我慢ならなかった。
「――師匠!!」
気づけば、声が出ていた。
エリオラがちらりとこちらを見る。
「私に話しかける時は、順番を守れ」
「っ……!」
それだけで、胸の奥が焼ける。
今日もだ。
今日も、だ。
副隊長に引き剥がされる。
邪魔だと追い出される。
「基礎組は向こうだ」と言われる。
(違う……!)
俺は弱くない。
体術だって、魔術だって、年齢を考えれば上の方だ。
白虎種だぞ?
才能がないわけがない。
なのに――
「……どけよ!!」
気づいた時には、足が前に出ていた。
「そこはお前じゃなく、俺の場所だ!!」
訓練場が、一瞬で静まり返る。
リオルが、驚いたようにこちらを見る。
その反応が、余計に腹立たしい。
「なんだ、その顔……!」
剣を、抜いた。
氷が腕に絡みつき、
一瞬で形を成す――氷の剣。
「ちょっ……カイル!」
副隊長の制止の声が聞こえた気がした。
でも、もう止まらない。
(奪うしかない)
(あの場所を)
地を蹴る。
――速い。
自分でも分かる。
これなら当たる。
当たらなきゃおかしい。
だが。
リオルは、避けた。
派手な動きじゃない。
剣を受けたわけでもない。
ただ、一歩。
ほんのわずか、体をずらしただけ。
氷の剣が、空を切る。
「……っ!?」
避けられた。
もう一度踏み込む。
二太刀目。
三太刀目。
だが、当たらない。
剣を振るたび、
リオルは、ひょろりとした体のまま、
それでも確実に“そこにいない”。
(なんで……)
呼吸だけだ。
あいつは、まだ呼吸しか教わっていない。
剣術も、体術も、何も。
なのに。
「――そこまで」
低く、鋭い声。
次の瞬間、
カイルの腕は、動かなくなっていた。
エリオラだ。
いつの間にか間合いに入り、
短く、的確に、剣を止めている。
「……離せ」
「私の言葉が聞こえなかったか」
エリオラの声は、静かだった。
だが、逆らえない。
剣が、溶けて消える。
「……ずるい」
思わず、声が零れた。
「ずるいずるいずるい……!」
「なんであいつなんだよ!!」
「俺の方が、ずっと……!」
感情が、制御できない。
その頭上から、エリオラの声が落ちてくる。
「――だからだ」
「……は?」
「勝てると思ってる間は、伸びない」
カイルは、言葉を失った。
エリオラは、リオルを見る。
「リオル」
「……はい」
「今のは、まぐれだ」
はっきりと言った。
胸が、少しだけ軽くなる。
「だが」
続く言葉で、叩き落とされた。
「まぐれを引き寄せる体になった」
「それは才能だ」
カイルの喉が、ひくりと鳴る。
エリオラは、視線を戻した。
「カイル」
「……」
「いい実戦テストだ」
その言葉に、息を呑む。
「リオルに勝てたら」
一拍。
「お前にも、私が修行をつける」
――訓練場が、ざわついた。
「ほ、本気ですか!?」
副隊長の声。
だが、エリオラは頷く。
「ライバルがいた方が、強くなる」
「私は、それを知っている」
カイルは、拳を握りしめた。
(勝てない)
分かっている。
今の自分じゃ。
それでも。
視線の先で、
リオルは、こちらを見ていた。
怖がっている。
でも、逃げない。
(……くそ)
胸が、痛い。
(……今日、負けた)
認めたくない。
けど、事実だ。
でも――
(今日、だ)
終わりじゃない。
白虎の牙は、まだ折れていない。
カイル・アーリトレットは、
その場で、強く歯を噛みしめた。
ここからだ。
――ここから、全部奪ってやる。
その決意だけが、
静かに、燃えていた。




