66話 それぞれの訓練
朝の訓練場は、すでに人の気配で満ちていた。
石畳の上に立つ子どもたちは、年齢も種族もばらばらだ。
だが共通しているのは、全員がアルトレス軍所属であるということだった。
「――整列」
張りのある声が響く。
声の主は、マシュウ・ピコット。
魔術部隊副隊長として、現場を仕切る立場にある。
「今日から基礎組と応用組で分かれる」
その一言で、空気が少しだけ引き締まった。
「名前を呼ばれた者は、指示された場所へ移動しろ」
淡々と、だが無駄のない指示。
それに従い、子どもたちは順に動き始める。
リオルは、ヴォルクルとミノンの少し後ろに立って、その様子を見ていた。
(……人数、多い)
今までの座学とは違う。
ここは完全に「軍の訓練場」だ。
「基礎組は――こっち」
マシュウが手を上げると、半数以上の子どもたちがそちらへ向かう。
残ったのは、年上の者や、明らかに実力があると分かる者たち。
「応用組」
次に響いた声は、軽かった。
「はいはーい、こっちだよ〜?」
声の主は、小柄な女性だった。
ピンク色の髪を揺らしながら、ひらひらと手を振る。
ぶりっ子めいた仕草とは裏腹に、立ち姿には無駄がない。
「……誰?」
リオルが小さく呟く。
「ナノカ・マキシムだ」
ヴォルクルが低く答えた。
「副隊長補佐。応用組担当」
ナノカは、集まった子どもたちを見回して、にこっと笑う。
「緊張してる子、多いねぇ。可愛い〜」
その言葉とは裏腹に、黄色い瞳は鋭く光っていた。
「でも安心して。死なない範囲でやるから」
さらっと言う。
応用組の空気が、わずかに変わった。
(……冗談、だよね……?)
リオルがそう思った瞬間。
「リオル」
名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。
呼んだのは――エリオラだった。
訓練場の端。
腕を組んで立つその姿は、最初からそこにいたかのように自然だった。
「お前は、こっちだ」
指されたのは、どの組からも少し離れた場所。
「……え?」
一瞬、場が静まる。
マシュウも、ナノカも、特に驚いた様子は見せなかった。
それが、もう決まっていることだと示している。
リオルは、無意識に拳を握る。
(……ぼくは、別)
怖さはある。
けれど、それ以上に――
「行け」
ヴォルクルが、背中を軽く押した。
「お前の場所だ」
リオルは小さく頷き、エリオラのもとへ向かう。
その背中を、何人かがじっと見ていた。
特に、白い耳としっぽを揺らす少年が、苛立ちを隠さずに睨んでいる。
(……視線、痛い……)
だが、振り返らなかった。
エリオラは、リオルを一瞥すると、短く言う。
「今日は確認だけだ」
「基礎も応用もやらねぇ」
「……じゃあ、なにを……?」
「立ち方」
即答だった。
「呼吸」
「重心」
「逃げ道の作り方」
それだけで、十分だとでも言うように。
リオルは、ゆっくりと息を吸い、吐いた。
訓練場では、それぞれの組が動き出している。
基礎を学ぶ者。
応用を試される者。
そして――
誰にも混じらず、
一人だけ、別の道を歩き始めた者。
この日、
リオル・アルトレスの修行は、
確かに「次の段階」へ踏み込んだ。
それを、本人だけがまだ、はっきりとは理解していなかった。




