65話 朝の食堂
屋敷の食堂は、朝だというのに騒がしかった。
木製の長テーブルがいくつも並ぶ広い空間。
天井は高く、朝の光が大きな窓から差し込んでいる。
だが――
そこにいる人間の数が、いつもより明らかに多い。
「……多くない?」
リオルは、トレイを手にしたまま小さく呟いた。
「多いな」
即答したのはヴォルクルだ。
「朝の訓練終わりだ。
今日は部隊ごとの入れ替えもある」
なるほど、とリオルは周囲を見渡す。
鎧を外したばかりの兵士。
訓練服のまま、豪快に朝食をかき込んでいる者。
獣人、ドラゴニュート、人間――種族もばらばらだ。
ここにいるのは全員、アルトレス軍所属。
屋敷の食堂は、軍関係者のみが利用できる場所だった。
「……朝から、すごいね」
「腹減るからな。
あいつらは」
ヴォルクルは平然としているが、
ミノンは少しだけ目を輝かせていた。
「活気があって、いいですね」
三人はカウンターに並ぶ。
「ご注文は?」
調理担当の兵が声をかけてきた。
「フレンチトーストセット、三つ」
ミノンが即答する。
「……同じで」
リオルも続き、
ヴォルクルは小さく頷いた。
ほどなくして、トレイが差し出される。
厚切りのフレンチトースト。
表面はこんがり焼かれ、中央はふわふわだ。
横には、焼き色のついた分厚いベーコンと、半熟の目玉焼き。
湯気の立つコーンスープ。
白い陶器のカップには牛乳。
「……すごい……」
思わず、声が漏れた。
「全部、アルトレス産だ」
ヴォルクルが言う。
「小麦も、卵も、牛乳も。
ベーコンの豚もな」
「帝国の流通は使わないんですよね」
ミノンが補足する。
「できるだけ地産地消。
それが伯爵の方針です」
リオルは、フォークを握りながら頷いた。
(……だから、食堂の味が違うんだ)
ここでは、食事が「補給」じゃない。
ちゃんと「生活」だった。
「最近は魔獣食の研究も進んでるそうですよ」
ミノンがスープを一口飲みながら言う。
「安全に処理できれば、
栄養価は普通の肉より高いとか」
「……魔獣、食べるんだ」
「慣れれば、うまい」
ヴォルクルはベーコンを口に運びながら、あっさり言った。
三人は空いている席に腰を下ろす。
リオルがフレンチトーストを切ると、
中から甘い香りと湯気が立ち上った。
「……おいしい」
自然と、表情が緩む。
「だろ」
ヴォルクルは短く言う。
周囲では、
訓練の反省や次の配置について話す声が飛び交っている。
怒号もなければ、威圧もない。
軍の食堂。
けれど、どこか温かい。
(……ここ、変だ)
リオルは、ふと思った。
軍なのに、
張りつめすぎていない。
厳しいのに、
息が詰まらない。
「……あ」
視線の先に、見覚えのある顔を見つける。
昨日、教室で隣に座っていた少女――ナナだ。
彼女もまた、軍服を着てトレイを持ち、
同年代の子どもたちと一緒に席を探している。
(……みんな、軍の子なんだ)
改めて、そう実感する。
ここにいる子どもたちは、
誰もが何かしらの理由で軍に所属している。
特別扱いされているようで、
誰も特別視されていない。
それが、この屋敷の空気だった。
「リオル」
ヴォルクルが、低く呼ぶ。
「食ってるとこ悪いが、
このあとすぐ訓練だ」
「……うん」
フォークを持つ手に、自然と力が入る。
けれど、不思議と怖くはなかった。
朝の食堂は騒がしく、
温かく、
そして現実的だった。
修行は、もう始まっている。
それを、
リオルはこの朝、はっきりと感じていた。




