64話 底なしの力と選ばれた道
アルトレス邸の執務室には、三人だけが集まっていた。
ゼクロア・アルトレス。
ミリア・アルトレス。
そして、専属医師エド・イレイユス。
窓から差し込む午後の光が、机の上に広げられた書類を照らしている。
だが、室内の空気は、張りつめたままだった。
「――結論から話します」
沈黙を破ったのは、エドだった。
「リオルの魔力は、
底がありません」
ミリアの表情が、わずかに強張る。
ゼクロアは何も言わず、先を促した。
「測定器で数値として把握できたのは、4999まで。
それ以上は、測定不可でした」
「ですが、それは“上限”ではありません」
エドは淡々と続ける。
「測定器が、
それ以上を“数値として扱えなかった”だけです」
「抑制は不可能。
抜き取ることも、現実的ではありません」
「下手に干渉すれば、
高確率で魔力暴走を引き起こします」
ミリアが、低く息を吐いた。
「……つまり、
放置もできない、ということね」
「はい」
エドは、はっきりと頷いた。
「だから、提案があります」
彼は机の上に、三枚の設計図の写しを並べた。
「第一に、魔力貯蓄装置」
「リオルの魔力を、
安全に“溜める”ための器です」
「第二に、ライフライン転用装置」
「貯蓄した魔力を、
街の魔力灯、医療設備、結界維持へと循環させる」
「そして――」
一拍、間を置く。
「第三に、
リオルの魔力に耐え切れる
常設防御魔術結界装置」
ゼクロアの目が、わずかに細まった。
「全て、技術都市メルトガルトへ依頼します」
「帝国の干渉を受けにくく、
技術的にも、最適解です」
短い沈黙が落ちる。
「軍事的にも必要ね」
ミリアが、静かに言った。
「この力を帝国が察知したら、
必ず動く」
「結界とインフラが整えば、
アルトレスは簡単には崩れない」
ゼクロアは、数秒だけ考え――
すぐに結論を出した。
「やれ」
短い一言だった。
「資金、人材、交渉権限。
全て出す」
エドは、一瞬だけ目を伏せる。
「……ありがとうございます」
「当たり前だ」
ゼクロアは、静かに言った。
「私は、あの子を拾った」
「拾った以上、
最後まで責任を取る」
⸻
その日の午後。
医療棟の一室に、リオルは呼ばれていた。
エド、ゼクロア、ミリア。
三人が揃っているのを見て、
自然と背筋が伸びる。
「……なにか、ありましたか」
エドが、正面から視線を合わせる。
「診断結果を伝えます」
「リオル。
君の魔力は――底なしです」
言葉は、逃げなかった。
「……そこ、なし……?」
「はい」
「上限が存在しない可能性が高い」
「君が弱いのではありません」
「君の体が、
その魔力に追いついていないだけです」
リオルは、無意識に拳を握った。
「……じゃあ、ぼくは……」
「危険です」
エドは、隠さなかった。
「だが、“異常”ではありません」
「扱い方を知らなかっただけです」
ゼクロアが、静かに口を開く。
「だから、道を用意する」
リオルは顔を上げる。
「お前の力を、
抑え込むつもりはない」
「活かす」
「守る」
「そして、制御できるようにする」
ミリアが続ける。
「訓練は、今まで以上に厳しくなる」
「魔術、体、精神――
すべてだ」
「中途半端な覚悟なら、
途中で壊れる」
リオルは、一瞬だけ目を伏せた。
怖い。
正直に、怖い。
だが――
「……それでも」
小さな声。
だが、確かに前を向いた声。
「……逃げません」
ゼクロアは、短く頷いた。
「それでいい」
「ここからが、本当の始まりだ」
その日を境に、
アルトレス邸の空気は変わった。
静かに。
だが、確実に。
――底なしの力を持つ少年は、
――守られる存在から、歩き出す存在へ。
リオル・アルトレスの修行が、
ここから本格的に始まる。




